はじめに
統一特許裁判所協定(Unified Patent Court Agreement:UPCA)の発効により、欧州における統一特許裁判所及び単一特許の運用が開始されます。UPCA準備委員会の発表によれば、UPCAの発効が2023年4月1日に予定されていましたが、その後、発効は2023年6月1日に変更されました。
また、UPCA準備委員会は、UPCA発効までのアクティビティとマイルストーンを示すロードマップを公表しました。下図は、そのロードマップの概要を示すものです。
出典:UPCA準備委員会ウェブページ
この記事では、統一特許裁判所及び単一特許の基礎と、おさえるべき留意点を紹介します。
「統一特許裁判所」及び「単一特許」とは何か?
単一特許(Unitary Patent:UP)は、統一特許裁判所及び単一特許の制度の参加国の全体に及ぶ単一的な効力を有する特許です。EU加盟国のうち、UPCAを批准した国(参加加盟国)において単一特許による保護を受けることが可能です。
UPCAの発効時点では、次の表に示す17ヶ国の参加が予定されています。今後変更の可能性はありますが、今後批准を予定している国、予定していない国も次の表に示します。
批准国(17ヶ国) |
オーストリア、ベルギー、ブルガリア、デンマーク、ドイツ、エストニア、フィンランド、フランス、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ポルトガル、スロベニア、スウェーデン |
批准予定国 |
キプロス、チェコ共和国、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、ルーマニア、スロバキア |
批准予定なし |
ポーランド、クロアチア、スペイン |
欧州特許条約(EPC)には、英国やスイスなど、EU加盟国以外の国も加盟しています。統一特許裁判所制度は、EU加盟国における制度であるため、欧州特許条約(EPC)加盟国であってもEU加盟国ではない国は、統一特許裁判所制度に参加できません。
統一特許裁判所は、単一特許及び従来の欧州特許について、侵害訴訟及び無効手続の双方を管轄する裁判所です。ここで、統一特許裁判所の管轄権が及ぶ「従来の欧州特許」は、統一特許裁判所制度の参加加盟国に及ぶ欧州特許で、後述する統一特許裁判所による専属管轄権の適用除外(オプトアウト)がされていないものに限ります(以降の説明においても同様です。)。
UPCA発効後、何が変わる?
単一特許取得のための出願手続及び審査手続は、従来の欧州特許の取得のための手続と同様です。すなわち、単一特許は、従来の欧州特許と同様に、欧州特許庁における審査を経て付与されます。
従来の欧州特許は、特許査定後、有効化の手続により、指定した国のそれぞれで特許が発生します。そのため、従来の欧州特許は、各国特許の束とも言われてきました。一方、単一特許では、制度の参加国の全体に及ぶ単一的な効力を有する特許が発生します。
単一特許による保護を受けるためには、欧州特許の付与が公告された日から1月以内に申請を行う必要があります。
また、従来の欧州特許では、ある国で発生している特許に関する裁判管轄権は、当該国の裁判所にありましたが、上記のとおり、統一特許裁判所は、単一特許及び従来の欧州特許について、侵害訴訟及び無効訴訟の双方の専属管轄権を有します。例えば、ドイツにおける特許侵害訴訟及び特許無効訴訟は、異なる裁判所の管轄となりますので、この点、ドイツの訴訟制度と、統一裁判所制度は大きく異なります。
オプトアウト・オプトインとは?
UPCAの発効から7年間(14年間まで延長の可能性もあり。)の移行期間中は、統一特許裁判所による専属管轄権の適用除外(オプトアウト)を受けることができます。
移行期間開始前の所定期間(当該期間は「サンライズ期間」と呼ばれています。)においてもオプトアウトの申請が可能です。サンライズ期間の開始は、2023年1月1日に予定されています。
また、オプトアウトしたのち、適用除外を撤回する(オプトイン)ことも可能です。
メリット
統一特許裁判所及び単一特許により期待される主なメリットは、次のとおりです。
1)4ヶ国以上で従来の欧州特許の有効化を行う場合、単一特許の方が、更新料が安くなる可能性があります。換言すれば、更新料に関して、従来の欧州特許における4ヶ国の更新料以下程度の費用で単一特許により参加国全体に及ぶ保護を受けることが可能です。
2)従来の欧州特許では、有効化したそれぞれの国において特許の維持管理の手続きが必要になるのに対し、単一特許では、一つの特許について維持管理の手続きを行うため、特許の維持管理の手続き負担が軽減されます。
3)翻訳文の提出について規定されている移行期間(UPCAの発効から最長で12年)の移行期間中は、単一特許を申請する際に、所定の翻訳文の提出が必要となりますが、当該移行期間経過後は、翻訳文の提出は不要になります。
4)複数の国に及ぶ権利について、1つの裁判所で訴訟手続を行うことができるため、訴訟手続における負担を軽減できる場合があります。
デメリット
統一特許裁判所及び単一特許により想定される主なデメリットは、次のとおりです。
1)3ヶ国以下で従来の欧州特許を有効化する場合は、単一特許の方が、更新料が高くなる可能性があります。
2)1回の無効手続で、統一特許裁判所制度の参加国全体に及ぶ特許を失うリスクがあります。
3)統一特許裁判所の運用開始後、判例が蓄積されるまで、統一特許裁判所の判断の予測が困難になることが予想されます。