EPC第56条は、特許要件の一つである進歩性について規定しています。
第 56 条 進歩性 発明は、それが技術水準を考慮した上で当該技術の熟練者にとって自明でない場合は、進歩性を有するものと認められる。第54条(3)にいう書類が技術水準に含まれる場合は、そのような書類は、進歩性の有無を判断する際には、考慮されない。 |
以下は、進歩性について説明する審査ガイドラインのG-VIIの記載(2024年版)の参考和訳です。正確な内容は原文を確認ください。
欧州特許審査ガイドラインG-VII:進歩性(2024年版)
1. 概要
技術水準に照らして、当業者にとって自明でない場合、発明は進歩性を有するとみなされる。新規性(G-VI参照)と進歩性は異なる基準である。「進歩性があるか」という問いは、発明が新規である場合にのみ生じる。
2. 技術水準、出願日
進歩性を検討するための「技術水準」は、54条(2)に定義されているとおりである(G-IV, 1参照)。これは、ある技術分野に関連するような種類の情報に関するものと理解される。54条(3)で言及されている、後に公開された欧州出願は含まれません。G-IV, 3で述べたように、優先日が有効であることを条件として、優先日は審査される欧州出願の出願日としてカウントされる(89条)。当該技術水準は、関連する共通の一般知識の中に存在する可能性があり、それは必ずしも書面である必要はなく、争われた場合にのみ立証を必要とする(T 939/92参照)。
3. 当業者
「当業者」とは、平均的な知識と能力を有する関連技術分野における熟練した実務家(平均的な熟練者)であると想定される。当業者は、関連日において当該技術分野における共通の一般知識であったことを認識している(T 4/98、T 143/94、T 426/88を参照)。当業者はまた、「技術水準」にあるものすべて、特に調査報告書に引用された書類にアクセス可能であり、当該技術分野において通常であるルーチンワークや実験を行う手段と能力を有していると想定される。問題が当業者に別の技術分野での解決策を模索させる場合、その分野の専門家が問題解決の適任者となる。当業者は、関連技術分野における絶え間ない発展に関与している(T 774/89及びT 817/95参照)。当業者は、そのように促された場合には、近接技術分野や一般技術分野(T 176/84及びT 195/84参照)あるいは遠隔技術分野(T 560/89参照)における示唆を求めることが期待される場合もある。したがって、その解決策が発明の進歩性を伴うかどうかを評価する際には、当該専門家の知識と能力に準拠しなければならない(T 32/81参照)。単一の人物ではなく、研究チームや生産チームといった集団で考える方がより適切である場合もある(T 164/92及びT 986/96参照)。当業者は進歩性及び十分な開示の評価において同等の能力を有していることを念頭に置くべきである(T 60/89、T 694/92、T 373/94を参照)。
3.1 当業者の共通の一般知識
共通の一般知識は様々な情報源から得ることができ、特定の文書が特定の日に発行されたことに必ずしも依存するものではない。ある事項が共通の一般知識であるという主張は、これが争われた場合、文書による証拠(例えば、教科書)によって裏付けられていればよい(G-IV, 2参照)。
通常、単一の刊行物(例えば特許文献、又は技術雑誌の内容)は、共通の一般知識とはみなされない(T 475/88参照)。特別な場合、技術雑誌の記事は共通の一般知識の代表となり得る(T 595/90参照)。これは特に、あるテーマに関する広範なレビューや調査を提示する記事に適用される(T 309/88参照)。特定の出発物質を組み合わせるという問題に取り組む当業者にとって、ごく少数のメーカーのみが実施したこれらの物質の研究結果は、たとえ当該研究が専門誌のみで公表されているとしても、関連する一般的な技術的知識の一部を構成する(T 676/94参照)。もう一つの例外は、特許明細書や学術出版物に含まれる情報も該当する場合であり、その発明が教科書から関連技術的知識を入手できないほど新しい研究分野のものである場合である(T 51/87を参照)。
基本的な教科書や単行本は、共通の一般知識を代表するものとみなすことができる(T 171/84を参照)。それらの文献に、特定の問題を扱うさらなる記事を参照する記述がある場合、それらの記事もまた、そのような知識の一部として数えることができる(T 206/83を参照)。情報は特定の教科書や参考書に掲載されたから一般常識として認識されるわけではなく、むしろそのような書籍に掲載されるのは、すでに一般常識として認識されているからである(T 766/91参照)。つまり、そのような出版物の情報は、出版日よりもかなり前にすでに共通の一般知識の一部となっている必要がある。
4. 自明性
したがって、発明を定義する任意のクレームに関して考慮すべき質問は、そのクレームに対する有効出願日又は優先日以前に、当時知られていた技術を考慮して、当業者にとってそのクレームに含まれるものに到達することが自明であったかどうかという点である。もしそうであれば、そのクレームは進歩性が欠如しているため認められない。「自明」とは、技術の通常の進展を超えないものであり、単に先行技術から明白に又は論理的に導かれるものであることを意味する。つまり、当業者に期待される技能や能力の発揮を超えるものではないことを意味する。進歩性を検討する際には、新規性とは異なり(G‑VI, 3 参照)、出願日又はクレームに係る発明に有効な優先日の前日までの知識に照らして、公開された文書を解釈し、かつ、その日までに当業者に一般に利用可能であったすべての知識を考慮することが公正である。
5. 課題解決アプローチ
進歩性を客観的かつ予測可能な方法で評価するために、いわゆる「課題解決アプローチ」が適用される。
課題解決アプローチには、次の3つの主要な段階がある。
(i) 「最も近接する先行技術」を決定すること、
(ii) 解決すべき「客観的技術的課題」を確立すること、
(iii) クレームに係る発明が、最も近接する先行技術と客観的技術的課題から出発して、当業者にとって自明であったかどうかを検討すること。
5.1 最も近接する先行技術の決定
最も近接する先行技術とは、1つの文献において、本発明につながる開発のための最も有望な出発点を構成する特徴の組み合わせを開示しているものをいう。最も近接する先行技術を選択する際、まず考慮すべきことは、その先行技術が発明と同様の目的又は効果に向けられている、すなわち、少なくともクレームされた発明と同一又は密接に関連する技術分野に属するものでなければならないということである。実務上、最も近接する先行技術とは、一般に、類似の用途に対応し、クレームされた発明に到達するために最小限の構造的及び機能的変更を必要とするものである(T 606/89参照)。
場合によっては、進歩性の評価において、同等に有効な出発点が複数存在することもある。例えば、当業者が複数の実施可能な解決策、すなわち、異なる文献から出発した解決策から発明を導く可能性のあるものを選択できる場合などである。特許が付与される場合、課題解決アプローチをこれらの出発点に順番に、すなわち、すべての実施可能な解決策に適用する必要があるかもしれない。
しかし、異なる出発点、例えば異なる先行技術文献から問題解決アプローチを適用することが必要とされるのは、これらの文献が等しく有効な出発点であることが説得的に示された場合に限られる。特に異議申立手続において、課題解決アプローチの構造は、異議申立人が望むだけの進歩性攻撃を自由に展開し、そのうちの1つの攻撃が成功する可能性を期待する場では無い(T 320/15, 理由1.1.2)。
拒絶又は取消の場合、クレームされた対象が進歩性を欠いていることを、関連する1つの先行技術に基づいて示せば十分である。どの文献が発明に「最も近接」しているかを議論する必要はなく、使用された文献が進歩性を評価するための実行可能な出発点であるかどうかだけが関連する問題である(T 967/97、T 558/00、T 21/08、T 308/09、T 1289/09参照)。このことは、課題解決の推論において特定された課題が、出願人/特許権者によって特定された課題とは異なる場合であっても有効である。
結果として、出願人又は特許権者は、より有望な踏み台が利用可能であることを提出することによって、クレームされた主題が進歩性を欠いているという議論に反論することはできない:クレームされた発明が非自明であるとみなされる根拠となる先行技術は、クレームされた発明が自明であると思われる根拠となる文書よりも「近い」ということにはなりえない。なぜなら、このような状況では、前者が発明に到達するための最も有望な踏み台でないことは明らかであるからである(T 1742/12, 理由6.5; T 824/05, 理由6.2)。
最も近接する先行技術は、クレームされた発明に有効な出願日又は優先日の前日に、当業者の視点から評価されなければならない。審査官は、出願に関する予備知識に基づいて、最も近接する先行技術を人為的に解釈してはならない(G-VII, 8も参照)。
最も近接する先行技術を特定する際には、出願人が明細書及びクレームにおいて公知であると認めている内容が考慮される。このような公知技術の認定は、出願人が誤りがあったと述べない限り、審査官によって正しいとみなされる(C-Ⅳ、7.3(vii)参照)。
5.2 客観的技術的課題の定式化
第2段階では、解決すべき技術的課題を客観的に確定する。そのために、出願(又は特許)、最も近接する先行技術、及びクレームされた発明と最も近接する先行技術との間の特徴(構造的又は機能的)の観点からの相違点(クレームされた発明の「差異的特徴」とも呼ばれる)を調査し、差異的特徴から生じる技術的効果を特定し、次に技術的課題を定式化する。
発明の技術的性質に、単独で又は他の特徴との組み合わせで、何らかの貢献をしていると見ることができない特徴は、進歩性の存在を裏付けることはできない(T641/00参照)。このような状況は、例えば、特徴が非技術的課題の解決にのみ貢献する場合、例えば、特許性から除外される分野の課題の解決にのみ貢献する場合に起こり得る。技術的特徴と非技術的特徴からなるクレームの取扱いについては、G-VII, 5.4 を参照。単独では非技術的な特徴であっても、発明の文脈において技術的効果をもたらすのに貢献するか否かを判断する基準は、第52条(2)に基づき列挙された様々な種類の主題について、G-Ⅱの3及び小項目で説明されている。
課題解決アプローチの文脈では、技術的課題とは、最も近接する先行技術に対して発明が提供する技術的効果を提供するために、最も近接する先行技術を修正又は適合させる目的及び課題を意味する。技術的課題は、このようにして定義され、しばしば「客観的技術的課題」と呼ばれる。
このようにして導き出された客観的技術的問題は、出願人が出願時に「課題」として提示したものとは異なる場合がある。なぜなら、客観的な技術的課題は、客観的に立証された事実、特に手続の過程で明らかになった先行技術に現れている事実に基づくものであり、出願人が出願時に実際に認識していた先行技術とは異なる可能性があるからである。特に、調査報告で引用された先行技術は、出願書類を読むだけでは明らかでない、全く異なる観点で発明を説明する可能性がある。再定式化によって、目的とする技術課題が出願当初の想定よりも野心的でなくなるかもしれない。このような場合の例としては、当初想定していた課題が、何らかの改良を示す製品、プロセス又は方法の提供であったにもかかわらず、クレームされた主題が、それによってサーチで発見された最も近接する先行技術よりも改良されているという証拠がなく、むしろ、より遠く関連する先行技術に関する証拠しかない(又は、全くない可能性もある)ような場合が挙げられる。この場合、課題は、代替的な製品、プロセス又は方法の提供として再構成されなければならない。そして、その再定式化された課題に対するクレームされた解決策の自明性は、引用された先行技術に照らして評価されなければならない(T 87/08参照)。
そのような技術的課題の再定義がどの程度可能であるかは、個々の事案のメリットに基づいて評価されなければならない。原則として、発明が提供する効果は、当該効果が出願時の出願から導出可能である限り、技術課題の再定義の基礎として使用することができる(T 386/89参照)。また、出願人が手続中に後日提出した新たな効果に依拠することも可能である。ただし、当業者は、有効出願日における一般的な知識を念頭に置き、出願当初の出願に基づき、当該効果が技術的教示に包含され、当初開示された発明と同じ発明によって具体化されたものであると判断することを条件とする(G-VII,11及びG 2/21参照)。
というのは、ある発明によって提供される技術的解決策の一部を課題の記載に含めることは、当該課題の観点から技術水準を評価する場合、必然的に進歩的活動を事後的に見ることになるからである(T 229/85参照)。しかし、クレームが非技術分野で達成されるべき目標に言及している場合、この目標は、解決されるべき技術的課題の枠組みの一部として、特に満たさなければならない制約として、課題の定式化において正当に現れることがある(G-VII, 5.4 及び G-VII, 5.4.1 参照)。
この「技術的課題」という表現は広義に解釈され、必ずしも技術的解決策が先行技術の改良であることを意味するものではない。従って、単に公知の装置や製法に代わるものとして、同一又は類似の効果をもたらすもの、あるいは費用対効果の高いものを求めるという課題もあり得る。技術的課題は、クレームされた実施形態が実質的にすべて、発明の基礎となる技術的効果を示すことが信用できる場合にのみ、解決されたとみなすことができる。クレームされた発明の再現性の欠如を第56条又は第83条の下で取り扱うか否かの判断基準は、F-83に説明されている。 56又は83で説明されている。
客観的な技術的課題を、複数の「部分的課題」の集合体とみなさなければならない場合がある。これは、すべての差異的特徴が組み合わされて達成される技術的効果が存在せず、むしろ複数の部分的課題が異なるセットの差異的特徴によって独立して解決される場合である(G-VII, 6及びT 389/86参照)。
5.3 できた-したであろう(Could-Would)アプローチ
第3段階では、客観的な技術課題に直面した当業者が、その教示を考慮しながら最も近接する先行技術を修正又は適合させ、それによってクレームの範囲内のものに到達し、したがって本発明が達成するものを実現するよう促したであろう(単に可能であったではなく、したであろう)教示が先行技術全体に存在するか否かが問われる(G-VII, 4参照)。
言い換えれば、当業者が最も近接する先行技術を適応又は修正することによって発明に到達できたかどうかではなく、何らかの改善又は利点を期待してそうする動機を先行技術が提供したため、当業者がそうしたかどうかが重要なのである(T 2/83参照)。暗黙の促しや暗黙のうちに認識できる誘因があったとしても、当業者が先行技術の要素を組み合わせたであろうことを示すには十分である(T 257/98及びT 35/04参照)。このことは、審査中のクレームの有効な出願日又は優先日以前の当業者にとってのことでなければならない。
発明が技術的課題の完全な解決に到達するために様々なステップを必要とする場合であっても、解決すべき技術的課題が当業者を段階的に解決に導き、個々のステップが既に達成された課題及び解決すべき残余の課題に照らして自明であれば、発明は自明であるとみなされる(T 623/97 及び T 558/00 参照)。
5.4 技術的特徴と非技術的特徴を含むクレーム
コンピュータ実装発明によく見られるように、クレーム中に技術的特徴と非技術的特徴が混在することは正当である。非技術的特徴がクレームの主題の主要部分を形成することさえある。しかしながら、第52条(1)、(2)及び(3)の観点から、第56条に基づく進歩性の存在は、技術的課題に対する自明でない技術的解決策を必要とする(T 641/00, T 1784/06)。
このような混合型発明の進歩性を評価する際には、発明の技術的性質に貢献するすべての特徴が考慮される。これらの特徴には、単独で見れば非技術的であるが、発明の文脈上、技術的目的に資する技術的効果の発生に貢献し、それによって発明の技術的性質に貢献する特徴も含まれる。しかし、発明の技術的性質に貢献しない特徴は、進歩性の存在を裏付けることはできない(「COMVIKアプローチ」、T 641/00, G 1/19)。このような状況は、例えば、特徴が非技術的課題の解決にのみ貢献する場合、例えば、特許性から除外される分野の課題の解決にのみ貢献する場合に生じ得る(G-II, 3及び小項目参照)。
課題解決アプローチは、発明の技術的性質に貢献しない特徴に基づいて進歩性が認められないようにする一方で、貢献する特徴はすべて適切に特定され、評価に考慮されるように、混合型発明に適用される。このため、クレームが非技術分野で達成されるべき目的に言及している場合、この目的は、解決されるべき技術的課題の枠組みの一部として、特に満たさなければならない制約として、客観的技術的課題の定式化に正当に現れることがある(T 641/00;下記ステップ(iii)(c)及びG-VII, 5.4.1参照)。
以下のステップは、COMVIKアプローチに従った混合型発明への課題解決アプローチの適用を概説するものである:
(i)発明の技術的性質に貢献する特徴が、発明の文脈において達成される技術的効果に基づいて決定される(G-II, 3.1から3.7参照)。
(ii)ステップ(i)で特定された発明の技術的性質に貢献する特徴に着目し、最も近接する先行技術として、先行技術の中から適切な出発点を選択する(G-VII, 5.1参照)。
(iii)最も近接する先行技術との相違点が特定される。これらの相違点から、技術的貢献をする特徴及びしない特徴を特定するために、クレーム全体の文脈において、これらの相違点の技術的効果が判断される。
(a)相違点がない場合(非技術的な相違点すらない場合)、第54条に基づく拒絶が提起される。
(b)相違点が技術的に貢献しない場合、第56条に基づく拒絶が提起される。拒絶の理由は、先行技術に対する技術的貢献がなければ、クレームの主題は進歩性を有し得ないというものである。
(c)相違点に技術的貢献をもたらす特徴が含まれる場合、以下のようになる:
– 客観的技術的課題は、これらの特徴によって達成される技術的効果に基づいて定式化される。さらに、相違点に技術的貢献のない特徴が含まれる場合、これらの特徴又は発明によって達成される非技術的効果は、当業者にとって「与えられたもの」の一部として、特に満たさなければならない制約として、客観的技術的課題の定式化に使用することができる(G-VII, 5.4.1参照)。
– 客観的技術的課題に対するクレームされた技術的解決策が当業者にとって自明である場合、第56条に基づく拒絶が提起される。
発明の技術的性質に貢献する特徴の判断は、ステップ(i)において全てのクレーム特徴について行われるべきである(T 172/03, T 154/04)。しかし、実際には、この作業は複雑であるため、審査官は通常、ステップ(i)の判定を一見しただけで行い、ステップ(iii)の冒頭でより詳細な分析を行うことができる。ステップ(iii)では、選択された最も近接する先行技術に対する相違点によって達成される技術的効果が判断される。相違点が本発明の技術的性質にどの程度貢献しているかは、これらの技術的効果に関連して分析される。相違点に限定したこの分析は、ステップ(i)で行った分析よりも詳細な方法で、より具体的に行うことができる。そのため、ステップ(i)で一見、発明の技術的性質に貢献しないと思われた特徴が、詳細に検討すると、そのような貢献をしていることが明らかになる場合がある。逆の場合もあり得る。このような場合には、ステップ(ii)で最も近接する先行技術の選択を修正する必要があるかもしれない。
上記ステップ(i)及び(iii)の分析を行う際には、クレームされた主題の技術的性質に貢献する可能性のある特徴を見落とさないよう、特に、分析中に審査官がクレームの主題に関する理解を自らの言葉で再現する場合には注意が必要である(T 756/06)。
G-VIIの5.4.2.1から5.4.2.4の例は、COMVIKアプローチの適用を示している。
5.4.1 技術的特徴及び非技術的特徴を含むクレームにおける客観的技術的課題の定式化
客観的技術的課題は、特定の技術分野における当業者が、関連する日において解決するよう求められたかもしれない技術的課題でなければならない。クレームされた解決策を知ることによってのみ当業者が知り得たであろう事項に言及するような形で定式化されてはならない(G-VII, 5.2)。言い換えれば、客観的技術的課題は、技術的解決への示唆を含まないように定式化されなければならない。しかし、この原則は、クレームされた主題の特徴のうち、発明の技術的性質に貢献し、したがって技術的解決策の一部であるものにのみ適用される。ある特徴がクレームに記載されているからといって、それが課題の定式化に記載されていることを自動的に排除するものではない。特に、クレームが非技術分野で達成されるべき目標に言及している場合、この目標は、解決されるべき技術的課題の枠組みの一部として、特に満たさなければならない制約として、問題の定式化に正当に現れることがある(T 641/00)。
言い換えれば、客観的技術的課題の定式化は、例えば技術分野の当業者に提供される要求仕様の形で、技術的課題が提起される所定の枠組みとして、技術的貢献をしない特徴、又は発明によって達成される非技術的効果に言及することができる。これらの原則に従って技術課題を定式化する目的は、発明の技術的性質に寄与する特徴に基づいてのみ進歩性が認められるようにすることである。客観的技術的課題を定式化するために使用される技術的効果は、最も近接する先行技術に照らして考慮した場合、出願時の出願から導出可能でなければならない。それらはクレームの全範囲にわたって達成されなければならない。したがって、クレームは、クレームに包含される実質的にすべての実施形態がこれらの効果を示すように限定されなければならない(G 1/19, G-VII, 5.2)。
クレームされた発明によって直接達成されるのではなく、「潜在的な技術的効果」にすぎない技術的効果については、G-Ⅱ, 3.3.2を参照のこと。
アルゴリズムの設計がコンピュータの内部機能に関する技術的考察に動機付けられた特定の技術的実装から生じる技術的効果については、G-Ⅱ, 3.3を参照のこと。
非技術的な方法又はスキーム、特にビジネス方法又はゲームルールの技術的実装に係るクレームの場合、本質的に技術的な方法でこの課題に対処するのではなく、技術的な課題の回避を目的とした基礎となる非技術的な方法又はスキームに対する変更は、先行技術に対する技術的貢献とはみなされない(T 258/03, T 414/12)。むしろ、そのような解決策は、与えられた非技術的な方法又はスキームの実装を課された技術的熟練者に与えられた制約に対する修正を構成する。
このような場合、技術的実装の特定の特徴に関連して、基礎となる非技術的な方法又は方式に固有の効果や利点を超えたさらなる技術的な利点や効果を考慮しなければならない。非技術的な方法又は方式に固有の効果や利点はせいぜいその実装に付随するものとみなされる(T 1543/06)。それらは客観的技術的課題を定義するための技術的効果としては認められない。
例
分散型コンピュータシステム上でオンラインでプレイされるゲームにおいて、プレイヤーの最大人数を減らすことによって得られるネットワークトラフィックの削減効果は、客観的技術的課題を定式化するための基礎とはなり得ない。それはむしろ、非技術的なスキームに内在する、ゲームのルールを変更することの直接的な結果である。ネットワーク・トラフィックの削減という課題は、技術的な解決策によって対処されるのではなく、提供される非技術的なゲーム解決策によって回避される。したがって、プレーヤーの最大人数を定義する機能は、当業者、例えばソフトウェア・エンジニアが実装することを任務とする非技術的スキームの一部を形成する所定の制約を構成する。クレームされた特定の技術的実装が当業者にとって自明であったかどうかは、依然として評価されなければならない。
5.4.2 COMVIKアプローチの適用例
以下の例は、G-VII, 5.4にリストされたステップを使用し、様々なシナリオでCOMVIKアプローチの適用を説明することを目的としている。シナリオは判例から適用している。クレームは説明のために大幅に簡略化されている。
5.4.2.1 例1
クレーム1:
モバイルデバイスでのショッピングを容易にする方法であって:
(a)ユーザが購入する2つ以上の商品を選択し;
(b)モバイルデバイスは、前記選択された商品データと前記デバイスの位置とをサーバーに送信し;
(c)前記サーバーは、販売者のデータベースにアクセスし、前記選択された商品の少なくとも1つを提供する販売者を特定し;
(d)前記サーバーは、前記デバイスの位置と前記特定された販売者に基づいて、以前のリクエストに対して決定された最適なショッピングツアーが保存されているキャッシュメモリにアクセスすることにより、前記選択された商品を購入するための最適なショッピングツアーを決定し;
(e)前記サーバは、前記最適なショッピングツアーを前記モバイルデバイスに、表示のために送信する。
G-VII, 5.4による課題解決アプローチのステップの適用:
ステップ(i):技術的性質に貢献する特徴は、一見して、キャッシュメモリを持ち、かつ、データベースに接続されたサーバーコンピューターに接続されたモバイルデバイスを備える分散システムとして特定される。
ステップ(ii):文献D1は、モバイルデバイスでのショッピングを容易にする方法を開示し、当該方法において、ユーザーが1つの商品を選択し、サーバーがデータベースから、選択された商品を販売するユーザーに最も近い業者を決定し、この情報をモバイルデバイスに送信する。文献D1が最も近接する先行技術として選択される。
ステップ(iii):クレーム1とD1の主題の相違点は以下の通りである:
(1)ユーザーは、(単一商品のみではなく)2つ以上の商品を選択して購入することができる。
(2)2つ以上の商品を購入するための「最適なショッピングツアー」がユーザーに提供される。
(3)最適なショッピングツアーは、サーバーが、過去のリクエストに対して決定された最適なショッピングツアーが保存されているキャッシュメモリにアクセスすることにより決定される。
相違点(1)と(2)は、これらの商品を販売している店を訪問するための順序付けられたリストを作成することを定義しているため、基本的なビジネスコンセプトの変更を示している。技術的な目的はなく、これらの相違点から技術的な効果を特定することはできない。したがって、これらの特徴はD1に比べた技術的な貢献はない。一方、相違点(3)は、相違点(1)及び(2)の技術的実装に関連し、キャッシュメモリに記憶されている過去のリクエストにアクセスすることにより、最適なショッピングツアーを迅速に決定できるという技術的効果を有するので、技術的貢献をする。
ステップ(iii)(c):客観的技術的課題は、技術分野の専門家としての当業者の視点から定式化される(G-VII, 3)。このような者は、ビジネスに関する専門知識を有しているとはみなされない。本件において、当業者は、情報技術の専門家として定義することができ、解決される技術的課題の定式化の一部として、ビジネス関連の特徴(1)と(2)の知識を得る。これは、現実的な状況において要件仕様の形で起こり得るものである。したがって、客観的技術的課題は、満たすべき制約として与えられる相違点(1)と(2)によって定義される非技術的なビジネスコンセプトを技術的に効率よい形で実装するために、D1の方法をどのように修正するかという形で定式化される。
自明性:要件(1)に従い、ユーザーが1つの商品ではなく2つ以上の商品を選択できるように、D1で使用されるモバイルデバイスを適合させることは、当業者にとって日常的な問題であっただろう。また、(要件(2)から生じる)最適なショッピングツアーを決定するタスクをサーバーに割り当てることは、D1においてサーバーが同様に最寄りのベンダーを決定することと類推すれば自明であっただろう。客観的技術的課題には、さらに技術的に効率的な実装が要求されるため、当業者であれば、効率的なツアー決定の技術的実装を探したであろう。第2の文献D2は、訪問する場所のセットをリストアップしてツアーを決定するツアー計画システムを開示しており、この技術的課題に対処している:D2のシステムは、この目的のために、以前のクエリの結果を記憶するキャッシュメモリにアクセスする。したがって、当業者であれば、D2の教示を考慮し、D1のサーバを、最適なショッピングツアーの決定の技術的に効率的な実装、すなわち、相違点(3)を提供するように、D2で提案されているようにキャッシュメモリにアクセスして使用するように適合させたであろう。したがって、第52条(1)及び第56条にいう進歩性はない。
備考:この例は、T 641/00(COMVIK)で開発されたアプローチの典型的な適用例を示している。ステップ(iii)では、技術的効果の分析が詳細に行われ、最も近接する先行技術との相違点が技術的貢献をもたらす特徴であるかどうかが確認される。この分析は、ツアーを決定するステップにおいて、以前のリクエストの結果のためにキャッシュメモリにアクセスするという特徴を技術的特徴として特定することにより、ステップ(i)の最初の発見を洗練させる。このケースでは、ステップ(i)を推論で明示的に示す必要はないことに注意されたい。ステップ(iii)(c)では、ビジネスコンセプトに対する非技術的な修正が、満たすべき制約として当業者に与えられる。新しいビジネスコンセプトが革新的であるか否かは、ここでは進歩性の評価とは無関係であり、技術的実装の特徴に基づかなければならない。
5.4.2.2 例2
クレーム 1:
貨物輸送分野における提案及び要求を仲介するためのコンピュータ実装方法であって:
(a)位置及び時間データを含む、ユーザーからの輸送提案/要求を受信し;
(b)ユーザーが装備しているGPS端末から前記ユーザーの現在位置情報を受信し;
(c)新たな提案/要求リクエストの受信後、まだ満たされていない以前の提案/要求があり、新たなリクエストに応答できるかを検証し;
(d)ある場合、両ユーザーの現在置が最も近いものを選択し;
(e)そうでなければ、前記新しいリクエストを保存する。
G-VII, 5.4による課題解決アプローチのステップの適用:
ステップ(i):クレームされた方法の基礎となっているものは、以下のビジネス方法である:
貨物輸送分野における提案と要求を仲介する方法であって:
– 位置及び時間データを含む、ユーザーからの輸送提案/要求を受け取り;
– ユーザーの現在位置に関する情報を受信し;
– 新たな提案/要求リクエストの受信後、まだ満たされていない以前の提案/要求があり、新たなリクエストに応答できるかを検証し;
– ある場合、両ユーザーの現在置が最も近いものを選択し;
– そうでなければ、前記新しいリクエストを保存する。
このようなビジネス方法は、それ自体非技術的であり、第52条(2)(c)及び(3)により除外される。提案と要求の仲介は典型的な事業活動である。利用者の地理的位置を利用することは、輸送 仲介業者が非技術的でビジネス上の考慮のみに基づくビジネス方法の一部として指定することができる基準の一種である。このビジネス方法は、本発明の文脈ではいかなる技術的目的も果たさないため、その技術的性質に貢献しない。
したがって、このビジネス方法の技術的実装に関連する特徴のみを、本発明の技術的性質に寄与する特徴として特定することができる:
– ビジネス方法のステップはコンピュータによって実行される。
– 現在位置情報をGPS端末から受信する。
ステップ(ii):適切な出発点として、サーバーコンピュータがGPS端末から位置情報を受信する注文管理方法を開示する文献D1が最も近接する先行技術として選択される。
ステップ(iii):したがって、クレーム1の主題とD1との相違点は、上記で定義されたビジネス方法のステップのコンピュータ実装である。
この相違の技術的効果は、クレーム1の基礎となるビジネス方法の自動化にすぎない。技術的貢献をもたらす唯一の差異的特徴は、このビジネス方法の技術的実装であるため、ステップ(i)で到達した結論が維持される。
ステップ(iii)(c): 客観的技術的課題は、ユーザーの現在位置に応じて提案と要求を仲介するビジネス方法を実装するために、D1の方法をどのように適応させるかである。当業者は、ソフトウェアプロジェクトチームとみなされ、要求仕様書の形でビジネス方法に関する知識を与えられる。
自明性:ビジネス方法ステップを実行するためにD1の方法を適用することは単純であり、定型的なプログラミングのみを必要とする。したがって、52条(1)及び56条にいう進歩性はない。
備考:この例では、ステップ(i)の最初の分析から、クレームされた方法の根底にあるのは提案と要求を仲介する方法であり、それがビジネス方法であることは明らかであった。ビジネス方法を定義する特徴は、そのコンピュータ実装の技術的特徴から容易に分離可能であった。したがって、この例は、ステップ(i)において、発明の技術的性質に寄与するすべての特徴と寄与しないすべての特徴を決定することが可能であったという議論の展開を示している。この議論の展開は、コンピュータに実装されたビジネス手法の分野により関係するものであり、他の分野ではあまり適さないかもしれない。
5.4.2.3 例3
この例は、G-VII, 5.4に記載されている二段階の技術性分析を示している。
クレーム 1:
データ接続を介してリモートクライアントに放送メディアチャンネルを送信するためのシステムであって、前記システムは:
(a)リモートクライアントの識別子と、リモートクライアントへのデータ接続の利用可能なデータレートの表示を記憶する手段であって、前記利用可能なデータレートは、リモートクライアントへのデータ接続の最大データレートよりも低い、手段;
(b)前記データ接続の前記利用可能なデータレートの前記指示に基づいて、データを送信するレートを決定する手段;及び
(c)前記決定されたレートでデータを前記リモートクライアントに送信する手段、
を有する。
G-VII, 5.4による課題解決アプローチのステップの適用:
ステップ(i):一見したところ、すべての特徴が本発明の技術的性質に貢献しているように見える。
ステップ(ii):xDSL接続を介して加入者のセットトップボックスにビデオを放送するシステムを開示する文献D1が、最も近接する先行技術として選択される。当該システムは、加入者のコンピュータの識別子と、それに関連付けて、各加入者のコンピュータへのデータ接続の最大データレートの表示とを記憶するデータベースを備える。当該システムはさらに、加入者のコンピュータに、当該コンピュータ用に記憶された最大データレートでビデオを送信する手段を備える。
ステップ(iii):クレーム1とD1の主題の相違点は、以下の通りである:
(1) リモートクライアントへのデータ接続の利用可能なデータレートの表示を記憶し、前記利用可能なデータレートは、リモートクライアントへのデータ接続の最大データレートより低い。
(2)前記利用可能なデータレートを使用して、(D1のように前記リモートクライアントのために記憶された最大データレートでデータを送信する代わりに)前記リモートクライアントにデータを送信するレートを決定する。
リモートクライアントへのデータ接続に最大データレートよりも低い「利用可能なデータレート」を使用することによって果たされる目的は、クレームからは明らかではない。したがって、明細書の関連開示が考慮される。本明細書では、顧客が複数のサービスレベルから選択できるようにする価格モデルが提供され、各サービスレベルは、異なる価格を有する利用可能なデータレートのオプションに対応すると説明されている。ユーザーは、接続で可能な最大データレートよりも低い利用可能データレートを選択し、支払いを少なくすることができる。したがって、リモートクライアントへの接続に最大データレートよりも低い利用可能データレートを使用することは、顧客がその価格設定モデルに従ってデータレートのサービスレベルを選択できるようにするという目的に対応する。これは技術的な目的ではなく、財務的、管理的、商業的な性質の目的であるため、第 52 条(2)(c)にいうビジネスを行うためのスキーム、規則、方法の除外に該当する。
したがって、客観的技術的課題の定式化に、満たすべき制約として含めることができる。
利用可能なデータレートを保存し、それを使ってデータを転送する速度を決定するという特徴は、この非技術的目的を実装するという技術的効果を持つ。
ステップ(iii)(c): したがって、客観的技術的課題は、顧客がデータレートのサービスレベルを選択できるような価格設定モデルをD1のシステムにどのように実装するかということに定式化される。
自明性:価格設定モデルに従ってデータレートサービスレベルのこの選択を実装するタスクを前提とすると、加入者によって購入されたデータレート(すなわち、クレーム1の「利用可能なデータレート」)は、加入者のコンピュータ(すなわち、クレーム1の「リモートクライアント」)へのデータ接続の最大データレートより低いか等しいとなることしかできず、加入者ごとに記憶され、加入者にデータを送信するレートを決定するためにシステムによって使用されなければならないことは、当業者にとって自明であろう。したがって、第52条(1)及び第56条の意味における進歩性はない。
備考:この例は、技術的特徴と非技術的特徴が複雑に混在するクレームを示している。ステップ(i)で一見したところ、すべての特徴が発明の技術的性質に貢献しているように見えた。D1との比較の後、ステップ(iii)でD1に対する発明による貢献の技術的性質の詳細な分析が可能となった。この詳細な分析により、差別化している特徴が非技術的な目的に対処していることが明らかになった。この非技術的目的は、客観的技術的課題(T641/00)の定式化に組み込むことができた。
5.4.2.4 例4
クレーム1:
建物の表面に対する結露のリスクが増大する領域を決定するコンピュータ実装方法であって:
(a)赤外線(IR)カメラを制御して、表面の温度分布の画像を撮影すること;
(b)過去24時間にわたって前記建物内で測定された気温と相対湿度の平均値を受け取ること;
(c)前記平均気温と平均相対湿度に基づいて、前記表面に結露が発生する危険性のある結露温度を算出すること;
(d)前記画像上の各点の前記温度を前記算出された結露温度と比較すること;
(e)前記算出された結露温度よりも低い温度を有する前記画像の点を、前記表面上の結露のリスクが増大した領域として特定すること;及び
(f)ステップ(e)で特定された前記画像の点を特定の色で着色することにより前記画像を修正し、結露のリスクが高まっている前記領域をユーザーに示すこと、
を含む方法。
G-VII, 5.4による課題解決アプローチのステップの適用:
ステップ(i):ステップ(a)の赤外線カメラの制御は、明らかに技術的な貢献をしている。問題は、ステップ(b)から(f)もクレームされた主題の技術的性質に貢献するかどうかである。
個別に考えれば、ステップ(b)から(e)はアルゴリズム/数学的ステップに関連し、ステップ(f)は情報の提示を定義している。しかし、クレームは、精神的行為、数学的方法又は情報の提示(これらは、第52条(2)(a)、(c)、(d)及び(3)により特許性から除外される)に向けられていない。
したがって、アルゴリズムや数学的なステップ、及び情報の提示に関するステップが、発明の文脈において、技術的効果の発生に貢献し、それによって発明の技術的性質に貢献するかどうかを評価しなければならない。
上述のアルゴリズム及び数学的ステップ(b)~(e)は、物理的特性(赤外線画像、測定された空気温度及び経時的な相対空気湿度)の測定値から、実在する現実の物体(表面)の物理的状態(結露)を予測するために使用されるため、技術的目的を果たす技術的効果に貢献する。これは、表面上の結露リスクに関する出力情報をどのように利用するかに関係なく適用される(G-II, 3.3、特に小項目「技術的用途」を参照)。したがって、ステップ(b)から(e)は発明の技術的性質にも貢献する。
ステップ(f)が技術的貢献をするかどうかの判断は、以下のステップ(iii)に委ねられる。
ステップ(ii):文献D1には、表面に結露が生じる危険性を判定するために表面を監視する方法が開示されている。結露のリスクは、表面上の1点についてIRパイロメーターで得られた温度測定値と、実際の周囲空気温度と相対空気湿度に基づいて計算された結露温度との差に基づいて決定される。そして、その差の数値が、当該点における結露の可能性を示すものとしてユーザーに示される。この文献を最も近接する先行技術とする。
ステップ(iii):クレーム1の主題とD1の主題の相違点は以下の通りである:
(1)赤外線カメラが使用されている(表面の一点の温度しかとらえないD1の赤外線高温計の代わりに);
(2)建物内部で過去24時間にわたって測定された気温と相対湿度の平均値を受信する;
(3)平均気温と平均相対湿度に基づいて結露温度を計算し、表面のIR画像上の各点の温度と比較する;
(4)計算された結露温度より低い温度を持つ画像点は、表面上の結露のリスクが高い領域として特定される;
(5)結露の危険性が高い領域を示すために色が使用される。
上述したように、差異的特徴(1)~(4)は、クレームされた主題の技術的性質に貢献するものであり、技術的課題の定式化のために考慮されなければならない。これらの特徴は、(一点ではなく)すべての表面領域を考慮し、一日の温度変化を考慮する結果、結露の危険性をより正確かつ確実に予測するという技術的効果をもたらす。
差異的特徴(5)は、利用者に情報を提示する特定の方法を定義するものであるが(第52条(2)(d))、数値ではなく色を使ってデータを表示するという選択の効果は、利用者の主観的嗜好に依存するため、技術的効果は生じない(G-II, 3.7参照)。したがって、この特徴は技術的な貢献はしていない。他の差異的特徴とは関係がないため、進歩性の存在を裏付けることはできず、分析ではこれ以上論じない。
ステップ(iii)(c):したがって、客観的技術的課題は、表面上の結露リスクをより正確かつ信頼性の高い方法で判定する方法として定式化される。
自明性: 表面の温度測定値を得るためにIRカメラを使用することは、進歩的活動を行わなくても、サーモグラフィの分野における通常の技術的発展とみなすことができる: IRカメラは、本出願の発効日において周知であった。IRカメラを使用することは、当業者にとって、表面の温度分布を得るために、IR高温計を使用して監視対象表面の複数の点の温度を測定することに代わる簡単な方法である。
しかし、D1は、(1点ではなく)表面上の温度分布を考慮し、気温の平均値を計算し、過去24時間の建物内部で測定された相対空気湿度を考慮することを示唆していない。また、結露の危険性を予測するために、時間の経過とともに建物内部で現実的に発生する可能性のあるさまざまな条件を考慮することも示唆していない。
差異的特徴(1)~(4)によって定義される客観的技術的課題の技術的解決策を示唆する先行技術が他にないと仮定すると、クレーム1の主題は進歩性を有する。
備考:この例は、G-VII, 5.4, 第2段落で扱われている状況を示している。すなわち、単独で見れば非技術的であるが、クレームに係る発明の文脈においては、技術的目的に資する技術的効果をもたらすのに貢献するものである(アルゴリズム/数学的ステップである特徴(b)から(e))。当該特徴は発明の技術的性質に寄与するので、進歩性の存在を裏付けることができる。
5.4.2.5 例5
クレーム 1:
熱溶射コーティングプロセスを用いてワークピースをコーティングする方法であって:
(a)溶射ジェットを用いて、ワークピースに材料を熱溶射コーティングによって塗布すること;
(b) 溶射ジェットの粒子の特性を検出し、その特性を実際の値として供給することにより、熱溶射プロセスをリアルタイムで監視すること;
(c)前記実際の値を目標値と比較すること;
前記実際の値が前記目標値から乖離している場合に、
(d)熱溶射コーティングプロセスのプロセスパラメータを、ニューラルネットワークに基づくコントローラによって自動的に調整することであって、前記コントローラは、ニューラルネットワークとファジィ論理ルールとを組み合わせ、それによってニューロファジィコントローラの入力変数と出力変数との間の統計的関係をマッピングするニューロファジィコントローラであること、
を含む方法。
背景:本発明は、工業プロセス、すなわちワークピースの溶射コーティングの制御に関する。
コーティングに使用される材料は、キャリアガスの助けを借りて高温ジェットに噴射され、そこで加速及び/又は溶融される。得られるコーティングの特性は、コーティング操作のパラメータが一見一定であっても、大きく変動する。溶射ジェットはCCDカメラで視覚的に監視される。カメラがとらえた画像は画像処理システムに送られ、そこから溶射ジェット中の粒子の特性(速度、温度、サイズなど)を導き出すことができる。ニューロファジーコントローラは、ニューラルネットワークとファジー論理ルールを組み合わせた数学的アルゴリズムである。
COMVIKによる課題解決アプローチのステップの適用:
ステップ(i):本方法は、熱溶射コーティング、すなわち特定の技術的プロセスに向けられ、様々な具体的な技術的特徴、例えば、粒子、ワークピース、溶射コーティング装置(暗黙的)を含む。
ステップ(ii):文献D1には、溶射ジェットを使用してワークピースに材料を塗布し、前記溶射ジェットの粒子の特性の偏差を検出し、ニューラルネットワーク分析の結果に基づいてプロセスパラメータを自動的に調整することにより、熱溶射コーティングプロセスを制御する方法が開示されている。この文献が最も近接する先行技術である。
ステップ(iii):クレーム1とD1の方法との相違点は、ステップ(d)の第2部分に規定されているように、ニューラルネットワークとファジィ論理ルールとを組み合わせたニューロファジィコントローラの使用に関するものである。
人工知能に関連する計算モデルやアルゴリズムは、それ自体、抽象的な数学的性質を持っている(G-II, 3.3.1)。ニューラルネットワーク分析とファジーロジックの結果を組み合わせるという特徴は、それ自体で考えると数学的手法を定義している。しかし、プロセスパラメーターを調整する特徴と合わせて、コーティングプロセスの制御に貢献する。したがって、数学的手法の出力は、特定の技術プロセスの制御に直接使用される。
特定の技術的プロセスの制御は技術的応用であり、G-II, 3.3(小項目「技術的応用」)を参照のこと。結論として、差別的特徴は、技術的目的に資する技術的効果の発生に貢献し、それによって発明の技術的性質に貢献する。したがって、進歩性の評価において考慮される。
ステップ(iii)(c): 客観的技術的課題は、客観的に立証された事実に基づき、クレームの技術的特徴と直接的かつ因果的に関連する技術的効果に由来するものでなければならない。
本件では、熱溶射コーティングプロセスへの具体的な適合に関する詳細な説明なしに、パラメータがニューラルネットワーク解析とファジーロジックの結果を組み合わせて計算されているという事実だけでは、プロセスパラメータの異なる調整以上の技術的効果を信用することはできない。特に、クレーム1の特徴の組み合わせによってコーティング特性又は熱溶射方法の品質が向上することを認める証拠は見つからない。このような証拠がない場合、客観的技術的課題は、D1で既に解決されている溶射コーティングプロセスを制御するプロセスパラメータの調整という課題に対する代替的な解決策を提供することである。
自明性:D1の教示から出発し、上記の客観的技術的課題を課された制御工学(G-VII, 3)の分野の当業者は、プロセスの制御パラメータを決定するための代替的解決策を探すであろう。
第2の先行技術文献D2は、制御工学の技術分野において、ニューロファジーコントローラを提供するニューラルネットワークとファジー論理ルールの組み合わせを開示している。この先行技術から、本願の出願日において、ニューロファジーコントローラは、制御工学の分野でよく知られ、適用されていることが明らかになった。したがって、本解決は自明な代替案であると考えられ、クレーム1の主題は進歩性を有しない。
備考:この例は、単体で見れば非技術的な数学的特徴が、クレームの文脈では技術的目的に資する技術的効果を発生することに貢献することを示している。 熱溶射を制御するためのプロセスパラメータを調整するために、ニューラルネットワークの結果とファジーロジックの組み合わせを使用するという特徴は、本発明の技術的性質に貢献し、したがって、進歩性の存在を裏付ける可能性がある。
制御工学の分野でニューロファジーコントローラを使用するという一般的な教示が利用可能であるということが、クレーム1のコントローラが自明な代替案であるという拒絶へとつながった。もしクレームに、溶射コーティングプロセスの技術的特性に関連するファジー制御方法のさらなる特徴が記載されていれば、この特定の拒絶は回避できたはずである。例えば、望ましいコーティング特性が、ニューロ・ファジー・コントローラの特定の入力及び出力変数、コントローラの学習方法、又は出力がプロセスパラメータの調節にどのように使用されるかに起因する場合、これらの特徴をクレームに記載する必要があったであろう。出願時の明細書と図は、望ましいコーティング特性が実際に達成されたことを示す証拠となり得たはずである。現在クレームされているように、ニューロファジーコントローラは熱溶射コーティングの特定の用途に適合していない。コントローラへの入力として異なるプロセスパラメータを提供すること以外に、クレームされた範囲全体にわたって信頼できる特定の技術的効果が達成されたという証拠はない。
6. 先行技術の組み合わせ
課題解決アプローチの文脈では、1つ以上の文献、文献の一部、その他の先行技術(例えば、公開された先使用や書き込まれていない一般的な技術知識)の開示を最も近接する先行技術と組み合わせることが許される。しかし、特徴の組合せに到達するために複数の開示が最も近接する先行技術と組み合わされなければならないという事実は、例えば、クレームされた発明が単なる特徴の集合体でない場合には、進歩性の存在を示すものとなり得る(G-VII、7参照)。
発明が複数の独立した「部分的課題」(G-VII, 7及び5.2参照)に対する解決策である場合には、異なる状況が生じる。実際、このような場合には、部分的課題を解決する特徴の組合せが先行技術から明らかに導出可能かどうかを、部分的課題ごとに個別に評価する必要がある。したがって、部分的課題ごとに、最も近接する先行技術と異なる文書を組み合わせることができる(T 389/86参照)。しかしながら、クレームの主題が進歩性を有するためには、これらの特徴の組み合わせのいずれかが進歩性を有することをもって足りる。
審査官は、2つ以上の異なる開示を組み合わせることが自明であるか否かを判断する際、特に以下の点にも留意する:
(i)開示内容(例えば文献)が、その発明が解決しようとする課題に直面したときに、当業者がそれらを組み合わせる可能性が高いか低いかを判断するようなものであるかどうか。例えば、全体として考慮される2つの開示が、その発明に不可欠な開示された特徴に固有の非互換性があるために、実際には容易に組み合わせることができない場合、これらの開示の組み合わせは、通常は自明なものとはみなされない;
(ii) 文献などの開示が、類似の技術分野、隣接する技術分野、又は離れた技術分野からもたらされたものであるかどうか(G-VII, 3参照);
(iii)同じ開示の2つ以上の部分を組み合わせることは、当業者がこれらの部分を互いに関連付ける合理的な根拠があれば自明である。これは、1つ以上の文献の教示を当該技術分野における一般的な知識と組み合わせることが自明であるという一般的な命題の特殊な場合にすぎない。また、一般的に言えば、2つの文書を組み合わせることも自明であり、そのうちの1つには、他方に対する明確かつ紛れもない参考文献が含まれている(開示の不可欠な一部とみなされる参考文献については、G-IV, 5.1及びG-VI, 1を参照のこと)。ある文献と、他の方法、例えば使用によって公開された先行技術とを組み合わせることが許容されるかどうかを判断する際にも、同様の考慮が適用される。
7. 組み合わせ vs 並置又は寄せ集め
クレームされた発明は通常、全体として考慮されなければならない。クレームが「特徴の組合せ」で構成されている場合、組合せの個々の特徴をそれ自体として公知又は自明であり、「したがって」クレームされた対象物全体が自明であると主張することは正しくない。しかしながら、クレームが単なる「特徴の寄せ集め又は並置」であり、真の組み合わせではない場合、特徴の寄せ集めが進歩性を伴わないことを証明するためには、個々の特徴が自明であることを示すだけで十分である(G-VII, 5.2, 最終段落参照)。技術的特徴の集合は、特徴間の機能的相互作用が、個々の特徴の技術的効果の合計とは異なる、例えばそれよりも大きい複合的な技術的効果を達成する場合、特徴の組合せとみなされる。言い換えれば、個々の特徴の相互作用が相乗効果を生み出さなければならない。そのような相乗効果が存在しない場合、単なる特徴の集合体以上のものは存在しない(T 389/86 及び T 204/06 参照)。
例えば、個々のトランジスタの技術的効果は、基本的に電子スイッチである。しかし、マイクロプロセッサーを形成するために相互接続されたトランジスターは、相乗的に相互作用して、データ処理などの技術的効果を達成し、それは個々の技術的効果の総和を超えるものである(G-VII, Annex, 2も参照)。
T 9/81によれば、公知の治療薬に相当する個々の活性化合物が物理的に分離された「キット・オブ・パーツ」の形態の製剤であっても、それらの化合物を同時に、別々に、又は逐次的に使用することにより、化合物が互いに独立していては達成できない新規かつ予期せぬ共同治療効果が得られるのであれば、特許性が認められる。
8. 「事後的」分析
一見すると自明に見える発明にも、実は進歩性があるかもしれない。ひとたび新しいアイデアが形成されれば、公知のものから出発して、一見簡単そうに見える一連のステップによって、どのようにそのアイデアに到達できるかを理論的に示すことができる場合が多い。審査官は、この種の事後的分析に注意しなければならない。調査報告で引用された文献を組み合わせる場合、調査で作成された文献は、必然的に、主張された発明を構成する内容を予見した上で入手されたものであることを常に念頭に置かなければならない。すべての場合において、審査官は、出願人の貢献の前に当業者が直面していた技術の全体的な状態を視覚化するよう試みなければならず、このような要素やその他の関連する要素について「現実的な」評価を下すよう努めなければならない。審査官は、発明の背景に関して知られていることをすべて考慮し、出願人が提出した関連する主張や証拠を公正に評価しなければならない。例えば、発明が相当な技術的価値を有することが示され、特に、「一本道」の状況において単にボーナス効果として達成されるのではない(G-VII, 10.2参照)、新規かつ意外な技術的利点を提供し、この技術的利点を、発明を定義するクレームに含まれる1つ以上の特徴に説得力を持って関連付けることができる場合、審査官は、そのようなクレームが進歩性を欠いているとの拒絶を追及することに躊躇せざるを得ない。
9. 発明の起源
クレームは各場合において技術的特徴に向けられたものでなければならないが(例えば、単なるアイデアに向けられたものであってはならない)、進歩性があるかどうかを評価するためには、審査官は、発明が例えば以下のようなものに基づいている可能性があることを念頭に置くことが重要である:
(i)公知の課題に対する解決策の考案;
例:牛などの畜産動物に苦痛を与えたり、皮革に損傷を与えたりすることなく、恒久的にマーキングするという課題は、畜産が始まった当初から存在していた。その解決策(「フリーズ・ブランディング」)は、凍らせることによって皮の色素を永久に抜くことができるという発見を応用したものである。
(ii)観察された現象の原因に対する洞察に到達すること(その時、この現象の実用化は明らかである);
例:バターの好ましい風味は、微量の特定の化合物によって引き起こされることがわかった。この洞察に到達するとすぐに、この化合物をマーガリンに添加することからなる技術的応用がすぐに明らかになる。
多くの発明は、もちろん上記の可能性の組み合わせに基づいている。例えば、ある洞察に到達することと、その洞察の技術的応用には、ともに発明能力の使用が伴う場合がある。
10. 二次的指標
10.1 予見可能な不利益、非機能的変更、恣意的選択
発明が、当業者が明確に予測でき、正しく評価できる、最も近接する先行技術の予測可能な不利な変更の結果であり、この予測可能な不利な変更が予期せぬ技術的利点を伴わない場合、クレームされた発明は進歩性を伴わない(T 119/82及びT 155/85参照)。言い換えれば、先行技術の単なる予見可能な悪化は進歩性を伴わない。しかし、この悪化が予期せぬ技術的利点を伴う場合には、進歩性が存在する可能性がある。同様の考察は、発明が単に先行技術の装置の恣意的な非機能的改変の結果であったり、多数の可能な解決策から恣意的に選択された結果であったりする場合にも適用される(T 72/95及びT 939/92参照)。
10.2 予期せぬ技術的効果、ボーナス効果
予期せぬ技術的効果は進歩性を示すものとみなすことができる。しかし、それは、単に明細書中にのみ記載された追加的特徴からではなく、クレームされている主題から派生したものでなければならない。予期せぬ効果は、クレームの公知の特徴との組み合わせにおいて、発明の特徴的特徴に基づかなければならない。単に、組み合わせて先行技術に既に含まれている特徴に基づくことはできない。
しかしながら、当業者にとって、例えば、代替手段の欠如により「一本道」の状況が生じるなど、当業者の技術水準を考慮すれば、クレームの条件に該当するものに到達することが既に自明であった場合には、予期せぬ効果は、クレームされた主題に進歩性を付与しないボーナス効果に過ぎない(T 231/97及びT 192/82参照)。当業者が様々な可能性から選択しなければならない場合、一本道の状況は存在せず、予期せぬ効果が進歩性の認定につながる可能性は十分にある。
予期せぬ特性や効果は、正確な用語で説明されなければならない。「新規化合物が予想外に優れた薬学的特性を示した」というような曖昧な記述では、進歩性の存在を裏付けることはできない。
ただし、製品又は製法が公知の製品又は製法よりも「優れている」必要はない。その特性や効果が予想されなかったというだけで十分である。
10.3 長年のニーズ、商業的成功
発明が、当業者が長い間解決しようとしてきた技術的課題を解決するものである場合、又は長年の切実なニーズを満たすものである場合、このことは進歩性を示すものとみなすことができる。
商業的成功のみは進歩性を示すものとはみなされないが、長年の欲求の証拠と組み合わされた場合の即時的な商業的成功の証拠は、その成功が発明の技術的特徴に由来するものであり、他の影響(例えば、販売技術や広告)に由来するものではないことを審査官が納得する限り、関連性がある。
11. 出願人が提出した主張及び証拠
進歩性を評価するために審査官が考慮すべき関連する主張及び証拠は、当初特許出願から引用することも、その後の手続中に出願人が提出することもできる(G-VII, 5.2及びH-V, 2.2及び2.4参照)。
ただし、進歩性の裏付けとなる新たな効果に言及する場合は常に注意が必要である。このような新たな効果は、有効出願日における共通の一般知識を念頭に置き、当初出願に基づき、当業者が、当該効果を技術的教示に包含され、当初に開示された発明と同じ発明によって具体化されたものであると理解する場合にのみ当該効果を考慮することができる(G 2/21, Headnote II)。
進歩性の評価に考慮できる技術的効果を証明するために提出された証拠は、証拠の自由評価の原則に従って評価される。このような証拠は、公表後であることのみを理由に無視することはできない(G 2/21)。
そのような新しい効果の例
出願時の発明は、特定の活性を有する医薬組成物に関するものである。一見したところ、関連する先行技術を考慮すると、進歩性が欠如しているように思われる。その後、出願人は、クレームされた組成物が低毒性という点で予期せぬ利点を示すことを示す新たな証拠を提出した。この場合、薬理活性と毒性は、当業者が常にこの2つの側面を一緒に考えるという意味で関連しているため、毒性の側面を含めることによって技術的課題を再定式化することは可能である。
技術的課題の再定義は、明細書中の技術的課題の記載を補正又は挿入することになる場合もあれば、ならない場合もある。そのような補正は、H-Vの2.4に記載された条件を満たす場合にのみ認められる。上記の医薬組成物の例では、第123条(2)に抵触することなく、変更された課題も毒性に関する情報も明細書に記載することはできない。
12. 選択発明
選択発明の対象は、選択された部分集合又は部分範囲を表すという点で、最も近接する先行技術とは異なる。新規性の評価については、G-VI, 7を参照のこと。この選択が特定の技術的効果に関連しており、当業者がその選択に至るヒントが存在しない場合、進歩性が認められる(選択された範囲内で生じるこの技術的効果は、より広い公知範囲で達成される効果と同じ効果であってもよいが、予想外の程度である場合もある)。重複する範囲の新規性のテストに関連して述べた「真剣に検討する」という基準は、進歩性の評価と混同してはならない。進歩性については、当業者が何らかの改良又は利点を期待して重複範囲を選択したか、又は選択したかを考慮しなければならない。回答が否定的であれば、クレームされた事項には進歩性がある。
予期せぬ技術的効果は、クレームされた範囲全体に適用されなければならない。クレームされた範囲の一部にしか生じない場合、クレームされた対象は、その効果が関 連する特定の課題を解決するものではなく、例えば「更なる製品X」や「更なる工程Y」を得るためのより一般的な課題のみを解決するものである(T939/92参照)。
13. バイオテクノロジー分野における進歩性評価
バイオテクノロジーの分野では、結果が明らかに予測可能である場合だけでなく、成功が合理的に期待できる場合にも自明性があるとみなされる。ある解決策を自明とするためには、当業者であれば成功が合理的に期待できる先行技術の教示に従ったであろうことを立証すれば十分である。同様に、最も近接する先行技術に照らして「試して見る」という姿勢だけでは、必ずしも解決策に進歩性があるとは言えない。
一方、「成功への合理的な期待」は「成功への希望」と混同してはならない。研究者が研究に着手する際に、技術的な解決策に到達するためには、技術的なスキルだけでなく、その過程で適切な非自明な決定を下す能力も必要であることを認識している場合、これを「成功への合理的な期待」とみなすことはできない。
抗体の進歩性の評価については、G-II, 6.2を参照のこと。
14. 従属クレーム、異なるカテゴリーのクレーム
独立クレームの主題が新規かつ非自明である場合、従属クレームの主題が独立クレームより 有効日が遅く、中間文献を考慮する場合を除き、従属クレームの主題の新規性及び非自明 性を調査する必要はない(F-VI, 2.4.3参照)。
同様に、製品に関するクレームの主題が新規かつ非自明である場合、必然的にその製品の製造をもたらすプロセスに関するクレーム、又はその製品の使用に関するクレームの主題の新規性及び非自明性を調査する必要はない。特に、類推工程、すなわち、それ自体では進歩性を伴わない工程は、新規かつ進歩性のある製品を提供する限り、特許を受けることができる(T 119/82参照)。しかし、製品、製法、用途のクレームが異なる有効日を有する場合には、中間文献を考慮し、新規性と進歩性に関して別個の審査が必要となる場合がある。
15. 例
本章の附属書では、発明が自明とみなされる場合、又は進歩性を有する場合の例を示している。これらの例はあくまで例示であり、それぞれの場合に適用される原則は「当業者にとって自明であったか」であることを強調しておく(G-VII, 5参照)。審査官は、特定の事例をこれらの例のいずれかに当てはめようとすることは避けなければならない。また、このリストは網羅的なものではない。
附属書
進歩性の要件に関連する例-指標
1. 公知の手段の適用
1.1 公知の手段の自明な方法での適用を伴う発明で、それゆえ進歩性が否定されるもの:
(i)先行技術文献の教示が不完全であり、当業者が当然に又は容易に想到し得る「空白を埋める」方法の少なくとも1つが本発明をもたらす。
例:本発明は、アルミニウム製の建築構造に関する。先行技術文献には、同じ構造体が開示され、軽量材料であると記載されているが、アルミニウムの使用については言及されていない。
(ii)本発明が公知技術と異なるのは、単に周知の均等物(機械的、電気的、化学的)の使用のみである。
例:本発明は、その動力が電気モーターの代わりに油圧モーターによって供給されるという点でのみ公知のポンプと異なるポンプに関する。
(iii)本発明は、単に公知の材料の公知の特性を利用した、公知の材料の新たな用途に関するものである。
例:水の表面張力を低下させるという公知の性質を有する公知の化合物を洗剤として含有する洗濯用組成物であり、この性質は洗剤にとって必須の性質であることが知られている。
(iv)本発明は、最近開発された材料で、その特性がその用途に明らかに適しているものを、公知の装置で代替することにある(「類似の代替」)。
例:電気ケーブルは、接着剤によって金属シールドに接着されたポリエチレンシースからなる。本発明は、ポリマーと金属の接着に適していることが知られている、新しく開発された特定の接着剤を使用することにある。
(v)本発明は、密接に類似した状況(「類似の使用」)における公知技術の使用にのみある。
例:フォークリフトのような産業用トラックの補助機構を駆動する電気モーターにパルス制御技術を適用することが発明の本質であり、トラックの電気推進モーターを制御するためのこの技術の使用はすでに知られている。
1.2 公知の手段を自明でない方法で適用する発明であって、それゆえ進歩性が認められるもの:
(i)公知の作業方法又は手段が、異なる目的に使用された場合、新たな驚くべき効果を伴う。
例:高周波電力を誘導突合せ溶接に使用できることは知られている。したがって、高周波電力を導電性突合せ溶接に使用しても同様の効果が得られることは明らかであろう。しかし、高周波電力をコイル状ストリップの連続的な導電性突合せ溶接に使用するが、スケールを除去しない場合(このようなスケール除去は、溶接接点とストリップとの間のアーク放電を回避するため、通常、導電性溶接中に必要である)、高周波では、誘電体を形成するスケールを介して主に容量性方式で電流が供給されるため、スケール除去が不要であることが判明するという予期せぬ追加効果がある。この場合、進歩性が存在することになる。
(ii)公知の装置又は材料の新たな使用は、日常的な技術では解決できない技術的困難を克服することを含む。
例:本発明は、ガスホルダーを支持し、その上昇と下降を制御するための装置に関するものであり、従来採用されていた外部ガイド枠を不要にすることを可能にする。同様の装置は、浮きドックやポンツーンの支持用として知られていたが、この装置をガスホルダーに適用するには、公知の用途では遭遇しない実用的な困難を克服する必要があった。
2. 特徴の自明な組み合わせか?
2.1 自明で、結果的に非進歩的な特徴の組み合わせ:
本発明は、通常の方法で機能する公知の装置又はプロセスの並置又は関連付けにすぎず、自明でない作用的相互関係を生じさせない。
例:ソーセージを製造する機械は、公知のミンチ機と公知の充填機とが並んで配置されている。
2.2 自明でなく、結果として進歩的な特徴の組み合わせ:
組み合わされた特徴は、その効果において、新しい技術的結果が達成される程度まで相互に支え合う。個々の特徴がそれ自体で完全に公知であるか部分的に公知であるかは問わない。ただし、特徴の組合せが、例えば「一本道」の結果としてのボーナス効果である場合、その組合せは進歩性を欠く可能性がある。
例:鎮痛剤(鎮痛剤)と精神安定剤(鎮静剤)からなる混合薬がある。本来鎮痛作用がないと思われる精神安定剤を加えることで、鎮痛剤の鎮痛作用が、活性物質の公知の性質からは予測できないような形で増強されることがわかった。
3. 自明な選択か?
3.1 多数の公知の可能性の中から自明なものを選択することは、結果として非進歩的な選択となる:
(i)本発明は、等しく可能性のあるいくつかの選択肢の中から選択することにすぎない。
例:本発明は、反応混合物に電気的に熱を供給することが知られている公知の化学プロセスに関する。
このように熱を供給する方法には、よく知られた代替案が多数あり、本発明は単にその中から1つを選択することにある。
(ii)本発明は、限られた可能性の範囲から、特定の寸法、温度範囲、その他のパラメーターを選択することにあり、これらのパラメーターは、日常的な試行錯誤によって、あるいは通常の設計手順を適用することによって到達できることは明らかである。
例:本発明は、公知の反応を実施するためのプロセスに関するものであり、不活性ガスの流量が規定されていることを特徴とする。
規定の流速は、当業者が必然的に到達する流速に過ぎない。
(iii)本発明は、単に公知技術から単純な方法で外挿することによって到達することができる。
例:本発明は、製剤Yの熱安定性を向上させるために、製剤Y中に物質Xを特定の最小含有量で使用することを特徴とし、この特徴的な特徴は、熱安定性と物質Xの含有量とを関連付ける、公知技術から得られる直線グラフ上の外挿によってのみ導き出すことができる。
(iv)本発明は、単に広い分野から特定の化合物又は組成物(合金を含む)を選択することにある。
例:先行技術には、「R」と指定された置換基を含む特定の構造を特徴とする化学化合物の開示が含まれる。
この置換基 「R 」は、非置換又はハロゲン及び/又はヒドロキシで置換されたすべてのアルキル又はアリールラジカルのような、広範に定義されたラジカル基の全範囲を包含するように定義されるが、実用的な理由から、非常に少数の具体例しか示さない。本発明は、置換基 「R 」と呼ばれるものの中から、特定のラジカル又は特定のラジカル群を選択することにある(選択されたラジカル又はラジカル群は、先行技術文献には具体的に開示されていない。) 得られた化合物は
(a)先行技術の実施例にない有利な特性を有すると記載されておらず、また有することも示されていない。
(b)先行技術で具体的に言及されている化合物と比較して有利な特性を有すると記載されているが、これらの特性は当業者がそのような化合物が有すると予想されるものであるため、このような選択を行うように導かれる可能性が高い。
(v)本発明は、先行技術の発展から必然的に導かれたものであり、いくつかの可能性の中から選択することはできない(「一本道」の状況)。
例:先行技術から、炭素原子の数で表される公知の化合物の系列で特定の化合物に到達すると、系列が上がるにつれて殺虫効果が一貫して増加することが知られている。
殺虫効果に関しては、公知の化合物の次の化合物は「一本道」である。この系列が、期待された殺虫効果の増強に加えて、選択的効果、つまりある昆虫は殺すが他の昆虫は殺さないという予期せぬ効果を持つことが判明しても、それは依然として明らかである。
3.2 自明ではなく、その結果、多数の公知の可能性の中からの進歩的な選択である:
(i)本発明は、プロセスにおいて、公知の範囲内の特定の操作条件(例えば温度や圧力)を特別に選択することを含み、そのような選択は、プロセスの操作や得られる製品の特性に予期せぬ効果をもたらす。
例:物質Aと物質Bが高温で物質Cに変換されるプロセスでは、一般に、50~130℃の範囲で温度が上昇するにつれて物質Cの収量が常に増加することが知られていた。しかし、63℃から65℃の温度範囲では、物質Cの収率が予想よりもかなり高いことが判明した。
(ii)本発明は、広い分野から特定の化合物又は組成物(合金を含む)を選択することから成り、そのような化合物又は組成物は予期せぬ利点を有する。
例:上記G-VIIの附属書3.1(iv)で示された置換化合物の例では、本発明は、先行開示で定義された可能性の全分野から置換基ラジカル「R」を選択することに再び存在する。しかし、この場合、その選択は、可能性のある分野の特定の領域を包含し、有利な特性を有することを示すことができる化合物をもたらすだけでなく(G-VII, 10及びH-V, 2.2参照)、有利な特性を達成するために、当業者を他の選択ではなく、この特定の選択に導くような示唆はない。
4. 技術的偏見の克服?
一般的なルールとして、先行技術が当業者を発明が提案する手順から遠ざける場合、進歩性がある。これは特に、当業者が、現実又は想像上の技術的障害を克服する公知の方法の代替案があるかどうかを判断するための実験を実施することさえ考えなかった場合に適用される。
例:炭酸ガスを含む飲料は、殺菌後、熱いうちに殺菌瓶に瓶詰めされる。充填装置からボトルを取り出した直後、ボトル入り飲料が噴出しないように、ボトル入り飲料を外気から自動的に遮断しなければならないというのが一般的な意見である。したがって、同じ工程を含むが、飲料を外気から遮断するための予防措置が取られない(実際にはその必要がないため)工程は、進歩的である。
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