欧州特許審査ガイドラインF-III:開示の十分性

はじめに

EPC第83条は、欧州特許出願の開示の十分性の要件を規定しています。当該要件は、日本の実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)に対応します。

第83条
欧州特許出願は、当該技術の熟練者によって実施できるように十分に明確かつ完全な方法で発明を開示する。

また、EPC第84条は、クレームの記載要件について規定しています。当該要件は、日本におけるクレームのサポート及び明確性の要件(特許法第36条第6項第1から3号)に対応します。

第84条

クレームは、保護が求められている事項を定義する。クレームは、明確かつ簡潔であり、明細書により裏付けがされているものとする。

 

EPC第83条違反は、拒絶理由及び異議申立理由に該当する一方で、EPC第84条違反は、拒絶理由に該当しますが、異議申立理由に該当しません(EPC第100条)。その点では、EPC第83条及び第84条の要件の違いを理解することは重要です。

以下は、EPC第83条の開示の十分性の要件について説明する審査ガイドラインのF-IIIの記載(2023年版)の一部の参考和訳です。正確な内容は原文を確認ください。

欧州特許審査ガイドラインF-III:開示の十分性(2023年版の一部)

1. 開示の十分性

本発明を実施する少なくとも一つの方法について詳細に説明されなければならない。出願は当業者に向けられたものであるため、周知の付随的特徴の詳細を記載することは必要なく、また好ましいものでもないが、明細書には、発明を実施するために必須の特徴を、当業者にとってその発明の実施方法が明白となるように十分に詳細に開示しなければならない。単一の実施例で十分な場合もあるが、クレームが広い分野をカバーしている場合、明細書が多数の例を示し、又はクレームによって保護される領域に及ぶ代替的な実施形態又は変形を記述していなければ、その出願は通常、第83条の要件を満たしているとはみなされない。しかし、特定のケースの事実及び証拠を考慮しなければならない。非常に広い分野であっても、限られた数の実施例又は1つの実施例によって十分に例示できる場合がある(F-IV,6.3も参照)。後者の場合、出願には、実施例に加え、当業者が共通的一般知識を用いて、過度の負担なく、かつ、革新的スキルを必要とせずに、クレームされた全領域にわたって発明を実施することを可能にする十分な情報が含まれていなければならない(T 727/95参照)。この文脈において、「クレームされた全領域」とは、未開拓の分野又は多くの技術的困難がある場合などに、限られた量の試行錯誤が許容されることがあっても、クレームの範囲に属する実質的にあらゆる実施形態であると理解される(T 226/85 及び T 409/91参照)。

第83条について、十分な開示がないという拒絶は、検証可能な事実によって立証された重大な疑義があることを前提とする(T409/91及びT694/92参照)。審査部門が、特定の状況下で、出願が十分な開示を欠いているという理由付けができる場合、クレームされた範囲の実質的に全体にわたって発明を実施し、かつ、反復することができることを立証する責任は出願人にある(F-III,4参照)。

第83条の要件及び規則第42(1)(c)及び42(1)(e)の要件を完全に満たすためには、様々な部分の機能が即座にわかる場合を除き、発明がその構造だけでなく機能の面でも記載されることが必要である。実際、技術分野によっては(例えばコンピュータ)、構造に関する過度に詳細化された記載よりも、機能に関する明確な記載がはるかに適切である場合があります。

出願が、クレームされた主題の一部に関してのみ第83条に従って十分に開示されていることが判明した場合、これにより規則63に従って部分的欧州調査報告又は補充的欧州調査報告が発行されることがある(B-VIII, 3.1 及び B-VIII, 3.2 を参照)。このような場合、適切な補正がなければ、規則63(3)に基づく拒絶も発生する(H-II, 5及びH-IV, 4.1.1 参照)。

2. 第83条と第123条(2)の比較

出願人は、出願時に十分な開示、すなわち、すべてのクレームに係る発明について第83条の要件を満たす開示を確実に行う責任がある。クレームが発明又はその特徴をパラメータで定義している場合、当業者であればどのような方法を使用すればよいか分かる場合又は全ての方法が同じ結果をもたらす場合を除き、出願時の出願書類にはパラメータ値を決定するために使用した方法の明確な記載が含まれていなければならない(F-IV、4.11参照)。開示が著しく不十分である場合、そのような欠陥は、補正は出願時の内容を超える主題を導入してはならないとする第123条(2)に違反することなく、更なる例や特徴を追加することによって、その後に治癒することができない(H-IV, 2.1参照; H-V, 2.2も参照)。したがって、このような状況では、通常、出願は拒絶されなければならない。しかし、欠陥が発明のいくつかの実施形態に関してのみ生じ、他の実施形態では生じない場合、十分に記載された実施形態のみに対応するようにクレームを限定し、残りの実施形態の記載を削除することにより、欠陥を改善することができる。

3. 不十分な開示

当業者では実施できないという意味で、発明に根本的な欠陥がある出願が時にある。第83条の要件を満たさず、本質的に回復不能である。特に言及すべき例が2つある。第一は、発明の実施の成功が偶然に依存する場合である。つまり、当業者が発明を実施するための指示に従ったときに、発明の主張された結果が再現性がない、又はこれらの結果を得ることが全く信頼性のない方法で達成されることのいずれかが判明した場合である。当業者が発明の結果を再現するために試行錯誤に基づく調査プログラムを実施しなければならず、成功の可能性が限られている場合には、開示の十分性を認めることはできない(T 38/11, Reasons 2.6)。これが発生しうる例が、突然変異を伴う微生物学的プロセスである。このようなケースは、例えば小型磁気コア又は電子部品の製造に起こりうるように、一定割合の失敗を伴いながらも、繰り返し成功することが保証されているケースとは区別されるものである。この後者の場合、満足できる部品が非破壊検査によって容易に選別できるのであれば、第83条に基づく拒絶は発生しない。第二の例は、発明を成功裏に実施することが、十分確立された物理法則に反するため本質的に不可能である場合であり、これは例えば永久運動機械が当てはまる。このような機械のクレームが、単にその構造ではなく、その機能に向けられたものである場合、第83条だけでなく、その発明が「産業上利用可能」ではないという理由で52条(1)による拒絶も生じる(G-III、1参照)。

4. 発明の実施及び反復の可能性に関する立証責任

開示の十分性の枠内での立証責任は、原則として拒絶を主張する側にあるが、出願時の出願書類が、クレームされた発明を実施することが可能であるということをもっともらしく示す一例又はその他の技術情報を提供しない場合には、この原則は適用されない(例えば、T 1329/11参照)。

さらに、発明を実施し、記述通りに反復する可能性について重大な疑義がある場合、この可能性に関する立証責任、少なくとも成功が確実であることの証明は、出願人又は特許権者にある。

5. 部分的に開示が不十分な場合

5.1 本発明の変形例のみが実施不可能である

発明の変形例(例えばいくつかの実施形態のうちの1つ)だけが実施不可能であるという事実は、発明の主題が全体として実施不可能である(すなわち関係する問題を解決することができず、したがって望ましい技術的結果を達成することができない)という結論を直ちに生じさせるものではない。

しかし、発明の実施不可能な変形及び関連するクレームに関連する記載の部分は、欠陥が解消されない場合、審査部門の要求により、削除されるか、発明の一部ではない背景情報(F-IV, 4.3(iii) を参照)とされなければならない。その後、明細書は、残りのクレームが明細書によって裏付けられ、かつ、実行不可能であることが証明された実施形態に関連しないような表現にしなければならない。

特定のケース(例えば、範囲の組み合わせに関するクレームやマーカッシュクレーム)では、クレームの範囲が多数の選択肢を包含し、そのうちのいくつかは実行不可能な実施形態に対応する場合がある。このような場合、クレームされた選択肢の中で動作する実施形態を特定する基準に関する十分な情報が明細書に含まれていれば、クレームの動作しない実施形態の存在は害にはならない(G 1/03)。G-VII, 5.2 も参照。

5.2 周知な詳細の欠如

クレームの類別の定義から、又は一般的な一般知識に基づいて周知かつ明確である場合、明細書は、十分な開示を目的に、与えられた指示に基づいて当業者が実施すべき操作の詳細のすべてを記載する必要はない(F-III、1及びF-IV、4.5も参照)。

5.3 発明の実施の困難性

発明は、その実施において経験する合理的な程度の困難さ(例えば、初期の困難(teething troubles))を理由に、直ちに実施不可能とはみなされない。

6. 生物学的材料に関連する発明

6.1 生物学的材料

生物学的材料に関する出願は、規則31に定める特別規定に従う。規則26(3)に従い、「生物学的材料」とは、遺伝情報を含み、生物系において自己を再生する又は再生されることができるあらゆる材料をいう。発明が、公衆により利用できない生物学的材料であって、当業者がその発明を実施できるような方法で欧州特許出願に記載できない生物学的材料の使用を含むもの、又は当該生物学的材料に関するものである場合、その開示は、規則31(1)、(2)第1文及び第2文、並びに規則33(1)第1文の要件を満たす場合を除き、第83条の要件を満たしているとはみなされない。

植物又は動物由来の生物学的材料に基づく発明又はそのような材料を使用する発明については、適切であれば、そのような材料の地理的起源が判明している場合、当該情報を出願に含めることが推奨される。ただし、これは欧州特許出願および欧州特許の審査を妨げるものではない(EU Dir 98/44/EC, rec. 27)。

6.2 生物学的材料の公衆による利用可能性

審査部門は、生物学的素材が公衆により利用可能かどうかについて、意見を述べなければならない。いくつかの可能性がある。生物学的材料は、当業者が容易に入手できることが知られているもの(例えば、商業的に利用可能なパン酵母又は納豆菌)、標準保存菌種、又は公認の寄託機関に保存され、かつ、制限なく公衆が利用可能であることを審査部門が知っている他の生物学的材料であってもよい(欧州特許庁の2010年7月7日付け通知、OJ EPO 2010, 498参照)。あるいは、出願人は、その生物学的材料を同定する特徴に関する情報であって、規則33(6)の目的で公認された寄託機関において制限なく以前から公衆が利用可能であるかに関する情報を明細書で十分に提供し、審査部門を納得させてもよい(2010年7月7日付EPO通達、OJ EPO 2010、498参照)。これらの場合、それ以上の措置は必要ない。ただし、出願人が公衆の利用可能性に関する情報を全く提供していない又は不十分であり、かつ、生物学的材料が前述のような既知のカテゴリーに属さない特殊菌株である場合、審査部門はその生物学的材料が公衆に利用可能ではないと推定しなければならない。また、審査部門は、生物学的材料が、当業者が発明を実施することができる方法で欧州特許出願中に記載することができたか否かについて審査しなければならない(特にF-III, 3及びG-II, 5.5参照)。

6.3 生物学的材料の寄託

生物学的材料が公衆に利用可能ではない場合、及び当業者が発明を実施できるような方法で出願に記載できない場合、審査部門は次のことを確認しなければならない:

(i) 出願時の出願書類がその生物学的材料の特徴に関して出願人が入手可能な関連情報を示しているか否か。この規定における当該関連情報は、生物学的材料の分類、及び既知の生物学的材料との重要な差異に関するものである。これを目的に、出願人は、利用可能な範囲で、形態学的及び生化学的な特徴並びに提案された分類学的記述を示さなければならない。

出願日において当業者に一般的に知られている当該生物学的材料に関する情報は、原則として出願人が利用可能であると推定されるため、出願人はそれを提供しなければならない。必要であれば、関連する標準文献に従った実験によって提供しなければならない。

(ii) 寄託機関名及び寄託物の受理番号が出願時に提供されていたかどうか。寄託機関の名称及び寄託物の受理番号が後に提出された場合、それらが規則31(2)に基づく関連期間内に提出されたかどうかが確認される。提出されている場合、さらに、提出日に、当該寄託を後に提出された受理番号に関連付けることが可能な参照が提供されたかどうかが確認される。通常、寄託者が寄託物に付与した識別番号は、出願書類で使用される。規則31(1)(c)に従ってデータを後で提出するための関連文書は、寄託機関の名称、受理番号及び上記識別番号を記載した書状、又はこれに代えて、これらデータすべてを含む寄託証とすることもできるであろう(G 2/93 及び A-IV, 4.2 も参照)。

(iii) 寄託が出願人以外の者によって行われたかどうか、そして、そのように行われた場合には、寄託者の氏名及び住所が出願に記載されているか、又は規則31(2)に基づく関連期間内に提供されているかどうか。この場合、審査部門は、規則31(1)(d)に記載された要件を満たす文書が同じ期間内にEPOに提出されたかどうかも確認しなければならない(この規則31(1)(d)にいう文書が必要となる場合の詳細は、A-IV、4.1参照)。

審査部門は、上記(i)~(iii)の確認に加えて、寄託機関が発行した寄託証(ブダペスト条約に基づく規則7.1参照)、又は生物学的材料の寄託を証明する同等の証明が以前に提出されていない場合は当該証明を求める(上記(ii)およびA-IV, 4.2 を参照のこと)。これは、規則31(1)(c)に従って出願人が行った表示に対する証拠となる。

6.4 優先権主張

出願は、F-III、6.1に記載された利用できない生物学的材料に関して、先の出願の優先権を主張することができる。この場合、生物学的材料の寄託が先の出願の出願日までに、その出願がなされた国の要件に従ってなされた場合に限り、発明は、第87条(1)に基づく優先権主張の目的で、先の出願で開示されたものとみなされる。また、先の出願における寄託への言及は、それを特定可能な方法でなされなければならない。欧州特許出願で言及された生物学的材料の寄託が優先権で言及された寄託と同一でない場合、EPOが必要と判断すれば、生物学的材料が同一であることの証拠を提出することは出願人に任されている(2010年7月7日付けEPOからの通知、OJ EPO 2010, 498も参照)。

6.5 Euro-PCTの場合

前述の入手不可能な生物学的材料に関する国際出願で、EPOを指定又は選択する場合は、規則31と合わせて規則13bis PCTに従わなければならない。つまり、材料の十分な開示のためには、国際出願日までに公認の寄託機関に寄託しなければならず、関連情報が出願に与えられなければならず、国際段階において必要な表示を行わなければならない(2010年7月7日付のEPOからの通知、OJ EPO 2010, 498も参照)。

7. 固有名詞、商標及び商号

材料又は物品を指すために固有名詞、商標、商号又は類似の用語を使用することは、そのような用語が単に出所を示すだけである限り、又はそれらが一連の異なる製品に関連し得る場合には、望ましくない。このような用語が使用される場合、第83条の要件を満たすために必要であれば、その用語に頼らずとも、出願日において当業者が発明を実施することができるように、製品は十分に識別されなければならない。ただし、その用語が標準的な記述用語として国際的に受け入れられ、正確な意味を獲得している場合(例えば、「Bowden」ケーブル、「Belleville」洗浄機、「Panhard」ロッド、「caterpillar」ベルト)、その用語が関係する製品をさらに特定しなくても認められることがある。商標に言及するクレームの明確性の評価(第84条)については、F-IV, 4.8 を参照。

8. 参照文献

欧州特許出願における他の文献への言及は、背景技術に関するものであるかもしれないし、発明の開示の一部であるかもしれない。

参照文献が背景技術に関連する場合、その参照文献は出願当初のものであっても、後日導入されたものであってもよい(F-II, 4.3及び4.4、H-IV, 2.2.7参照)。

参照文献が発明の開示に直接関係する場合(例えば、クレームされた装置の構成要素の1つの詳細)、審査部門はまず、参照文献に記載されている内容を知ることが、第83条でいうところの発明を実施するために事実上不可欠か否かを検討する。

不可欠でない場合は、「参照によりここに組み込まれる」という通常の表現、又は同種の表現を明細書から削除する必要があります。

参照した文献の内容が第83条の要件を満たすために不可欠である場合、審査部門は上記の表現を削除し、代わりにその内容を明細書に明示的に組み込むことを要求する。なぜなら、特許明細書は、発明の不可欠な特徴に関して、自己完結的でなければならず、すなわち、他の文献を参照することなく理解することが可能でなければならないからである。さらに、文献は、第65条に従って翻訳されるべきテキストの一部ではない(T 276/99)。

ただし、このような不可欠な事項又は不可欠な特徴の組み込みは、H-IVの2.2.1に規定する制限の対象となる。調査部門は、有意義な調査を行うために、出願人に対し、参照文献の提出を要求している場合がある(B-IV,1.3参照)。

発明の開示のために、当初提出された出願書類において文献が参照された場合、参照文書の関連する内容は、第54条(3)に基づいて出願を引用するために、出願の内容の一部を構成するものとみなされる。出願日前に公開されていない参照文献については、H-IVの2.2.1に規定する条件が満たされている場合にのみ適用される。

第54条(3)に基づくこのような効果があるため、参照される文書の特定の部分のみに参照が向けられる場合、その部分は参照において明確に識別されている必要があることが非常に重要である。

9. 「リーチスルー」クレーム

特定の技術分野(例:バイオテクノロジー、薬学)では、以下のようなケースが発生する。

ケース(i) 以下のうちの一つ、及びそのスクリーニング方法での使用が、当該技術への唯一の貢献として定義されている。
– ポリペプチド
– タンパク質
– 受容体
– 酵素など、又は

ケース(ii) そのような分子の作用の新しいメカニズムが定義されている。

このような出願には、いわゆる「リーチスルー」クレーム、すなわち、上記の分子の1つに及ぼす技術的効果に関する機能的な用語でのみ定義された化合物(又はその化合物の使用)に向けられたクレームが含まれることがある。

このようなクレームの典型的な例は、次の通りである: 「[任意にクレームAのスクリーニング方法によって同定される]ポリペプチドXのアゴニスト/アンタゴニスト」、「治療における使用のための[任意にクレームAのスクリーニング方法によって同定される]ポリペプチドXのアゴニスト/アンタゴニスト」、明細書においてポリペプチドXは疾患Yに関係することが示されている場合、「疾患Yの治療における使用のための[任意にクレームAのスクリーニング方法によって同定される]ポリペプチドXのアゴニスト/アンタゴニスト」

第83条及び規則第42(1)(c)によれば、クレームには、問題解決のための十分な技術的開示が含まれていなければならない。化合物の機能的定義(「リーチスルー」クレーム)は、クレームで指定された活性または効果を有するすべての化合物を含む。全ての潜在的化合物(例えば、アゴニスト/アンタゴニスト)を、その同一性を示す有効なポインターなしに単離し、特徴を示すこと(F-III、1参照)、又は、全ての既知の化合物と将来考えられる全ての化合物をこの作用について試験し、それがクレームの範囲に入るかどうか確かめることは、過度の負担となる。事実上、出願人はまだ発明されていないものを特許化しようとしており、化合物を定義するために使用される効果を試験できるという事実は、必ずしもクレームに十分性を付与するものではなく、実際には、当業者に対して研究プログラムを実施するよう促すことになる(T 435/91 (Reasons 2.2.1), followed by T 1063/06 (Headnote II)参照)。

一般に、新しい種類の研究手段により発見される(例えば、新しく発見された分子や新しい作用機構に基づく新しいスクリーニング方法を使用することにより)単に機能的に定義された化合物を対象とするクレームは、EPCにより特許保護が設計されていない将来の発明を対象とするものである。このような「リーチスルー」クレームの場合、クレームの主題を技術に対する実際の貢献に限定することは、合理的であり、かつ必須である(T 1063/06 (Headnote I)参照)。

10. 開示の十分性と規則56及び56a

規則56に基づく欠落部分及び規則56aに基づく正しい出願書類又は部分は、元の出願日を維持するために取り下げることができ、その場合、これらの部分はもはや出願の一部ではないものとみなされる(A-II, 5.4.2及び5.5、A-II, 6.5、C-III, 1、H-IV, 2.2.2 及び H-IV, 2.2.3参照)。

この場合、審査部門は、取り下げられた欠落部分に含まれる技術情報に依存することなく、発明が十分に開示されているか否かを慎重に評価しなければならない。審査部門が第83条の要件を満たさないという結論に達した場合、対応する拒絶が提示される。

11. 開示の十分性・明確性

クレームの曖昧さは、不十分性の拒絶につながる可能性がある。しかし、曖昧さはクレームの範囲、すなわち第84条にも関係する(F-IV, 4参照)。したがって、通常、クレームの曖昧さは、そこに定義された発明を実施することが全く不可能であるという点で、クレームの全範囲が影響を受ける場合にのみ、第83条の拒絶につながる。そうでない場合、第84条に基づく拒絶が適切である(T 608/07, T1811/13参照)。

特に(T 593/09 参照)、クレームが十分に定義されていない(「不明確な」、「曖昧な」)パラメータを含み(F-IV, 4.11 も参照)を含み、かつ、その結果、当業者がそれらがクレームの範囲内で又は範囲外で機能するのか分からない場合、これだけでは、第83条で求められる開示の十分性を否定する理由とはならない。また、このような明確な定義の欠如は、必ずしも第84条に基づく拒絶の問題ではない。第83条の意味での不十分性を立証するために決定的なものは、パラメータが、特定のケースにおいて、当業者が、開示全体に基づいて、共通的一般知識を用いて、問題となっている出願の基礎となる課題を解決するために必要な技術的手段を(過度の負担なく)特定できないほど、パラメータの定義が不明確であるか否かである(例:T 61/14参照)。

第83条と第84条の間には微妙なバランスが存在し、それは個々のケースの実体に基づいて評価されなければならない。従って、特にクレームが曖昧な場合に、不十分性の拒絶が、単に第84条に隠された拒絶にならないよう、異議申立において注意を払う必要がある(T 608/07)。一方、サポート/明確性の欠如は異議申立の理由にはならないが(F-IV, 6.4も参照)、それに関連する問題は、実際には第83条で懸念されることがある。

12. 開示の十分性と進歩性

クレームに係る発明が再現性を欠く場合、開示の十分性又は進歩性の要件に関連する可能性がある。発明が達成する技術的効果は、出願の基礎となる問題を解決するものである。クレームに示された所望の技術的効果が達成されないために発明が再現性を欠く場合、これは開示の十分性の欠如を意味し、第83条の規定により拒絶される必要がある。そうでない場合、すなわち、効果がクレームに示されていないが解決すべき問題の一部である場合、進歩性の問題がある(G 1/03, Reasons 2.5.2, T 1079/08, T 1319/10, T 5/06 及び T 380/05 参照)。

発明の成功裏の実施が、十分に確立された物理法則に反するために本質的に不可能である場合については、F-III, 3を参照。

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