はじめに
進歩性の有無の判断は、課題解決アプローチ(Problem-solution approach)と呼ばれる手法により行われます。課題解決アプローチには、大きく次の3つのステップがあります。
- 「最も近接する先行技術」を決定する
- クレームに係る発明と、最も近接する先行技術との間の差異に基づいて、解決される「客観的技術的課題」を確立する
- 最も近接する先行技術及び客観的技術的課題から着手して、クレームに係る発明が当該技術の熟練者に自明であったか否かを検討する
課題解決アプローチにおける進歩性の判断において、審査官により「客観的技術的課題」が設定される点が、特徴的な点です。この「客観的技術的課題」は、発明が解決する課題として出願人が意図していたものと異なることが多くあります。
しかしながら、進歩性の拒絶理由に対する反論において、審査官が設定した「客観的技術的課題」は、発明が解決する課題として出願人が意図した課題ではなく、審査官は発明を理解していない、といった類の主張は有効ではありません。進歩性の拒絶理由に対しては、課題解決アプローチを踏まえた方法で反論することが有効です。
技術分野や事案の状況によりますが、日本ではクレームに係る発明と、引用文献との間の構成の差異に基づく有利な効果を主張しにくい場合、又は主張しない場合でも、実務上、進歩性が認められることが多くあります。
一方、欧州における課題解決アプローチに従えば、進歩性の拒絶理由への反論は、クレームに係る発明と最も近接する先行技術との間の差異(顕著な特徴)を特定し、当該顕著な特徴により生じる技術的効果を主張することが日本以上に重要です。(余談ですが、この点が、日本と欧州における特許査定率の大きな差異に影響しているとも考えられます。)
以下は、課題解決アプローチに関して、審査ガイドラインのG-VII, 5に記載されている内容の概要です。
審査ガイドラインG-VII, 5:課題解決アプローチの概要
最も近接する先行技術の決定
最も近接する先行技術とは、1つの文献において、発明に導かれる開発の最も有望な出発点を構成する特徴の組み合わせを開示しているものである。最も近接する先行技術を選択する際、まず考慮すべきは、先行技術と発明との間の目的、効果又は技術分野の同一性、類似性又は関連性などである。実際には、最も近接する先行技術とは、一般に、同様の用途に対応し、クレームされた発明に到達するために必要な構造的及び機能的な変更が最小限のものである。
進歩性の評価において、同等の有効な出発点(つまり、最も近接する先行技術)が複数存在する場合がある。特許する場合、これらの出発点のそれぞれについて、すなわち、最も近接する先行技術のそれぞれに対応するすべての実施可能な解決策について、問題解決アプローチを順番に適用することが必要となる場合がある。
しかし、異なる出発点、例えば、異なる先行技術文献から問題解決アプローチを適用することは、これらの文献が同等に有効な出発点であることが説得的に示された場合にのみ必要となる。
拒絶又は取消の場合、関連する1つの先行技術に基づいてクレームされた主題が進歩性を欠くことを示せば十分である。どの文献が発明に「最も近接する」かを議論する必要はなく、使用された文献が進歩性の評価のための実行可能な出発点であるかのみが問題となる。
客観的技術的課題の形成
第2のステップでは、解決すべき技術的課題を客観的に確立する。そのために、出願(又は特許)、最も近接するの先行技術、及びクレームされた発明と最も近接するの先行技術との間の特徴(構造的又は機能的)に関する差異(クレームに係る発明の「顕著な特徴」ともいう)を精査し、顕著な特徴から生じる技術的効果を特定し、その後、技術的課題を形成する。
単独で又は他の特徴との組み合わせで、発明の技術的性質(technical character)に何ら寄与しない特徴は、進歩性の存在を裏付けることはできない。このような状況は、例えば、ある特徴が非技術的な課題の解決にのみ寄与している場合、例えば、特許性が排除されている分野の問題の解決にのみ寄与している場合に起こり得る。技術的特徴と非技術的特徴からなるクレームの扱いについては、G‑VII, 5.4を参照。ある特徴が、単独では非技術的であっても、発明の文脈において技術的効果の発生に寄与するかどうかを判断する基準は、G‑II, 3及びサブセクションで説明されている。
問題解決アプローチにおいて、技術的課題とは、最も近接する先行技術に対して、発明が提示する技術的効果を提供するために、最も近接する先行技術を修正又は適合させる目的及びタスクを意味する。このように定義された技術的課題は、しばしば「客観的技術的課題」と呼ばれる。
このようにして導き出された客観的技術的課題は、客観的に確立された事実、特に手続の過程で明らかになった先行技術に現れる事実に基づいているため、出願人が出願時に「課題」として提示したものとは異なる場合がある。特に、調査報告書で引用された先行技術は、出願を読んだだけでは分からない、全く異なる観点で発明を捉えている場合がある。客観的技術的課題が、出願時に想定していたよりも野心的でない場合もある。このような場合の例としては、当初主張された課題が、何らかの改善を示す製品、プロセス又は方法の提供であるが、クレームに係る主題が調査で発見された最も近接する先行技術よりも改善されているという証拠がない場合である。この場合、技術的課題は、代替的な製品、プロセス又は方法の提供として、再構築されなければならない。その後、当該再構築された技術的課題に対するクレームされた解決策の自明性は、引用された先行技術に照らして評価されなければならない。
技術的課題のそのような再構築がどの程度可能であるかは、各事案の実体に照らして評価されなければならない。原則として、発明がもたらす効果は、当該効果が出願当初の内容から引き出されるものである限り、技術的課題の再構築の基礎として使用可能である。また、出願人が手続中に後から提出した新たな効果に依拠することも可能であるが、当業者がこれらの効果を最初に提案した技術的課題によって暗示される、又は関連するものとして認識することができることが条件である(G‑VII, 11 及び T 184/82参照)。
「技術的課題」という表現は広く解釈され、必ずしも技術的解決策が先行技術に対する改善であることを意味しない。したがって、課題は単に、既知の装置又はプロセスに代わる、同一又は類似の効果をもたらす、又はよりコスト効率の良いものを求めることである可能性もある。技術的課題が解決されるとみなすことができるのは、実質的にクレームされたすべての実施形態が発明の基礎となる技術的効果を示すことについて信頼できる場合のみである。
客観的技術的課題を複数の「部分的課題」の集合体として捉えなければならない場合がある。これは、すべての顕著な特徴の組み合わせによって達成される技術的効果がなく、複数の部分的課題が異なる顕著な特徴のセットによって独立して解決される場合である(G‑VII, 6 及び T 389/86参照)。
できたであろう・したであろう(Could-would)アプローチ
第3のステップでは、客観的技術的課題に直面した当業者が、先行技術の教示を考慮しながら最も近接する先行技術を修正又は適応させ、それによってクレームの内容に該当するものに到達し、結果として発明により達成されることを促したであろう(単に、できたであろうではなく、したであろう)教示が先行技術全体において存在するか否かが問われる(G‑VII, 4参照)。
言い換えれば、ポイントは、当業者が最も近接する先行技術を適応又は修正することによって発明に到達することができた(could)かどうかではなく、先行技術が何らかの改良又は利点を期待してそうする動機を与えたので当業者がそうしたであろう(would)かどうかである。暗黙の促しや暗黙的に認識できる誘因であっても、当業者が先行技術からの要素を組み合わせたであろうことを示すのに十分である。