日欧米比較:クレーム中の「略」や「約」など

クレーム中に範囲を曖昧にし得る「略」又は「約」などの文言を含めることはあまりよくないと知りつつも、そういった文言を使用したくなることがあります。

例えば、「略」などの表現を使用しないと、クレームの記載が著しく複雑になったり、権利範囲が不必要に狭くなってしまう場合に、そのような表現を使用することがあります。

実際、日本出願について、特許されたクレーム中に例えば「略」を含むケースをJ-PlatPatで検索すると、それなりの件数がヒットします。

また、米国ではクレームで「about」(略又は約など)を使ってもよいと聞くことがありますが、使っても全く問題ないでしょうか。

欧州の審査でクレーム中の用語「about」に対して不明確と指摘されたとして、補正要件の厳しさを考慮すると「about」の削除補正が難しいと判断した場合、お手上げ(対応策なし)でしょうか。

この記事では、日欧米において、クレーム中に範囲を曖昧にする「略」や「約」などの文言が含まれている場合の取り扱いについて解説します。

日欧米比較:クレーム中の「略」や「約」などの文言

日本

審査基準の第II部第2章第3節には、クレーム中にある範囲を不確定とさせる表現(「約」、「およそ」、「略」、「実質的に」、「本質的に」等)について、次のように説明されています。

2.2 明確性要件違反の類型
特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たさない場合の例として、以下に類型(1)から(5)までを示す。
・・・
(5) 範囲を曖昧にし得る表現がある結果、発明の範囲が不明確となる場合
 審査官は、範囲を曖昧にし得る表現があるからといって、発明の範囲が直ちに不明確であると判断するのではなく、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮してその表現を含む発明特定事項の範囲を当業者が理解できるか否かを検討する。
・・・
d 範囲を不確定とさせる表現(「約」、「およそ」、「略」、「実質的に」、「本質的に」等)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合
ただし、範囲を不確定とさせる表現があっても発明の範囲が直ちに不明確であると判断をするのではなく、審査官は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して、発明の範囲が理解できるか否かを検討する。

例 16:
[請求項]
半導体基板の表面に被覆原料を堆積させる方法において、被覆原料を堆積させる際に半導体基板を回転させることにより、被覆原料の実質的に均一な供給を行うことを特徴とする被覆方法。
(説明)
被覆原料を完全に均一に供給することが不可能であることは、出願時における技術常識である。明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮すると、本願発明は、半導体基板を回転させることにより、半導体基板の表面に供給する被覆原料の供給量を実質的に均一にするものである、ということが理解できる。そして、ここでいう「実質的に均一な供給」とは、半導体基板を回転させることにより得られる程度の均一性を意味することが明確に把握できる。したがって、発明の範囲は明確である。なお、本事例において、「実質的に」が「略」と記載されていても、同様に判断される。

審査基準によれば、「略」又は「約」などの表現があっても発明の範囲が直ちに不明確であると判断されるわけではなく、審査官は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して、発明の範囲が理解できるか否かを検討します。

ここで、審査基準には、審査官はどのような場合に発明の範囲が理解できると判断するかについて、具体的かつ客観的な基準が示されていません。そのため、審査官に一度「不明確」と判断されてしまうと、その判断を覆すように説得力を持って反論することは容易ではありません。

しかしながら、審査基準に記載の例に似たケースであれば、それを参考にすることで、ある程度の説得力を持って反論することは可能です。

例えば、明確である場合の例16の説明に「被覆原料を完全に均一に供給することが不可能であることは、出願時における技術常識である。」と記載があります。この例に近いケースであれば、この説明を参考に「明確である」と反論することは可能です。

一方、クレームに範囲を曖昧にし得る表現がありながらも審査を通過し、特許になった場合、そのような表現は、異議申立又は無効審判で狙われやすく、また、権利範囲の判断で疑義が生じやすくなることには留意が必要です。

そのため、審査段階でクレームに範囲を曖昧にし得る表現が不明確と指摘された場合、補正せずに反論するのではなく、可能であれば、そのような表現を削除する対応も考えられます。

クレーム中の曖昧にし得る表現が争点になった判例として、例えば、次のものがあります。これらの判例について解説するサイトが複数ありますので、ここでは解説を省略します。

令和4年(行ケ)第10027号(知財高判令和4年12月22日)
令和4年(行ケ)第10019号(知財高判令和4年11月16日)
平成15年(行ケ)第287号(東京高判例平成17年2月1日)

欧州

欧州審査ガイドラインF-IV, 4.7(参考和訳はこちら)には、クレームに「about」、「approximately」、「substantially」などの文言が使用されている場合の解釈について説明されています。

当該説明には、例えば、次のように記載されています。

  • 「about」又は「approximately」などの文言が特定の値(例えば、「about 200°C」又は「approximately 200°C」)又は範囲(例えば、「about x to approximately y」)に適用される場合、その値又は範囲は、その測定に使用した方法と同程度に正確であると解釈される
  • 「substantially」又は「approximately」といった文言が装置の構造単位を修飾する場合(例えば、「a tray plate with a substantially circular circumference」又は「a tray plate with a approximately curved base」)、「substantially」又は「approximately」という文言を含む表現は、出願書類がそうでないことを示唆しない限り、技術的特徴がその製造に使用される方法の技術的許容の範囲内で製造されるものと解釈される(例えば、金属の切断はプラスチックの切断よりもはるかに正確である、又は、CNC機械による切断は手作業による切断よりも正確である)。
  • 換言すれば、出願書類に別段の記載がない限り、「実質的に(substantially)円形の外周を有するトレー板」という表現は、「円形の外周を有するトレー板」と同一の技術的特徴を主張するものと解釈され、その結果、両表現は、製造分野の当業者が円形であると考えるベースを有するトレーをクレームするものとみなされる
  • 出願書類が、「about」、「approximately」又は「substantially」のような文言の使用が、測定システムによる誤差を超える値及び/又は範囲によってクレームされた間隔を拡張することを示唆している場合、又は構造単位が製造許容誤差若しくは当該技術分野において当業者が考慮するであろうその他の許容誤差を超えることを示唆している場合、クレームの文言は曖昧で未定義なものとなる

つまり、まず、日本と同様に、クレームにこれらの文言があれば直ちに不明確と認定されるわけではありません。

さらに、例えば、「about」などが適用された値はその測定に使用した方法と同程度に正確であると解釈され、また、そのような文言の使用がクレームを拡張することを明細書等で示唆している場合等は、クレームの文言は曖昧で未定義なものと判断されます。

上記の記載だけを見ても、欧州の審査ガイドラインには、日本の審査基準の記載よりも不明確と判断される場合とされない場合の説明が、かなり具体的に記載されています。

そのため、審査段階でクレーム中の「about」などの記載が不明確であると指摘され、補正せずに反論したい場合に、審査ガイドラインの記載に基づいて反論することはかなり有効です

欧州の補正要件は比較的厳しいため、「about」などの記載を削除することは困難であると判断し、補正せずに反論することを検討する機会は日本より多いと思われますので、もしものときのために、上記のような審査ガイドラインの記載の存在を覚えておくとよいでしょう。

なお、欧州でクレームに「about」など範囲を曖昧にし得る表現がありながらも審査を通過し、特許になった場合であっても、クレームの明確性の要件(EPC84条)は、原則、異議申立理由ではありません(EPC100条)。

米国

MPEP(Manual of Patent Examining Procedure)の2173.05(b)には、クレーム中に「about」がある場合について、次のように説明されています。

2173.05(b) 相対的な用語 [R-07.2022]
程度の用語を含むクレームの文言に相対的な用語が使用されていても、35 U.S.C. 112(b)又はAIA前の35 U.S.C. 112第2段落の下では、クレームが自動的に不明瞭になるわけではない。Seattle Box Co., Inc. v. Industrial Crating & Packing, Inc., 731 F.2d 818, 221 USPQ 568 (Fed. Cir. 1984). クレーム文言の許容性は、明細書に照らして、当業者がクレームされているものを理解できるかどうかに依存する。
・・・
III. 近似
A. 「about」
文言「about」によって包含する範囲を決定する際には、出願の明細書及びクレームで使用され ている文言の文脈を考慮しなければならない。Ortho-McNeil Pharm. Ltd., 476 F.3d 1321, 1326, 81 USPQ2d 1427, 1432 (Fed. Cir. 2007)。W.L. Gore & Associates, Inc.v.Garlock, Inc., 721 F.2d 1540, 220 USPQ 303 (Fed. Cir. 1983)では、裁判所は、プラスチックの伸張率を「毎秒約10%を超える」と定義する限定は、ストップウォッチの使用によって侵害を明らかに評価できるため、明確であるとした。しかし、別の事件では、裁判所は、近い先行技術が存在し、明細書、審査経過、先行技術に、「about」という文言がカバーする具体的な活動の範囲がどのようなものであるかを示すものがない場合、「at least about」を記載したクレームは明確性がないとして無効であるとした。Amgen, Inc. v.Chugai Pharmaceutical Co., 927 F.2d 1200, 18 USPQ2d 1016 (Fed. Cir. 1991)。

MPEPによれば、米国でもクレームに「about」という文言が含まれていても直ちに不明確となるわけではありません。

クレーム中の「about」などの文言が認められるか否かは、明細書等を考慮して、当業者がクレームされているものを理解できるか否かに依存します。

MPEPには、明確か否かの判断基準は欧州の審査ガイドラインほど具体的には記載されていません。そのため、「about」などを含むクレームの明確性の判断は、審査官の主観に依存する可能性があります。

一方で、MPEPには、先行技術との関係で「about」の文言がカバーする範囲が不明である場合に、クレームが不明確であるとして無効になった判例が紹介されています。

また、米国は欧州ほど補正要件が厳しくないため、審査段階でクレーム中の「about」などの範囲を曖昧にし得る表現を削除補正できる可能性は高いと考えられます。

特許後の裁判で「about」などの記載が争点になるケースもありますので、可能であればそういった文言を避けるのがよいと考えられます。

知財管理をご覧になれる方への参考情報として、次の記事に米国の多くの判例について日本語で解説されています。

・知財管理 Vol. 72 No. 1 2022 「[米国]“About”というクレーム文言の 解釈が争点になった事例」

まとめ

上記のとおり、日欧米のいずれにおいても、クレームに「about」などの範囲を曖昧にし得る表現があると直ちに不明確と判断されるわけではありません。

そのような表現は、不明確と判断される可能性があること、審査段階で問題がなくても特許後に問題となる可能性があることなどを踏まえると、可能であれば使用しないことが推奨されます。

一方で、「about」などの表現を使用しないと、クレームの記載が著しく複雑になったり、権利範囲が不必要に狭くなってしまう場合に、そのような表現を使用することがあります。

クレームに「about」などを使用して審査段階で不明確と指摘された場合、日米では補正で対応できる可能性が高いですが、欧州では補正要件により、補正で対応できない場合があります。

欧州で「about」などを削除補正できないと判断した場合は、上記のように審査ガイドラインの記載に基づいて、不明確とする認定に対して反論を検討することが有効です。

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