欧州特許審査ガイドラインG-II, 3:発明からの除外事項の一覧

はじめに

日本と欧州とでは、特許を受けることができる発明に若干違いがあります。

それに起因して、日本で特許性が認められた発明であっても、欧州では認められない場合があります

また、日本では進歩性の拒絶理由の解消に有効であった主張が、欧州の進歩性の審査では考慮してもらえない場合もあります

日本と欧州における上記の相違を理解するために役立つのが審査ガイドラインのG-II, 3です。

本記事では、審査ガイドラインのG-II, 3の記載内容をまとめます。

ところで、日本の特許法第2条には発明の定義が規定されていますが、欧州ではEPC(欧州特許条約)や審査ガイドラインには発明の定義が規定されていません。

一方、EPC第52条(2)には、特許の対象となる発明から除外される事項がリストされています。また、EPC第52条(3)には、(2)にリストされている事項は、それ自体に(as such)関係している範囲内においてのみ、特許性が排除されると規定されています。

つまり、EPC第52条(2)にリストされている事項に関連する場合であっても、それ自体を超えた対象についての特許性は、EPC第52条(2)を理由に除外されません。

EPC第52条 特許を受けることができる発明

(1) 欧州特許は、産業上利用することができ、新規であり、かつ、進歩性を有するすべての技術分野におけるあらゆる発明に対して付与される。
(2) 次のものは、特に(1)の意味における発明とみなさない。
 (a) 発見、科学的理論及び数学的方法
 (b) 美的創作物
 (c) 精神的行為、ゲーム又はビジネスのための計画、規則及び方法並びに電子計算機用プログラム
 (d) 情報の提示
(3) (2)は、欧州特許出願又は欧州特許が同項に規定する対象又は行為それ自体に関係している範囲内においてのみ、当該対象又は行為の特許性を排除する。

審査ガイドラインのG-II, 3は、EPC第52条(2)及び(3)の規定により、何が特許性から除外され、又は除外されないかを説明しています。

EPC第52条(2)及び(3)の規定により特許性から除外される事項を理解することは、クレームに対して指摘された拒絶理由(又は異議理由)に対して反論又は補正により対処する際に有効です。

つまり、まず、こちらで説明しているとおり、進歩性の評価の対象となる「発明の技術的性質に貢献する特徴」とは、発明の技術的効果を生み出すことに貢献する特徴であって、特許性がEPC第52条(2)により排除される分野における課題の解決のみに貢献するものではない特徴であると考えられます。

そのため、特許性から除外される事項(特に、審査ガイドラインに記載されている事項)を理解することは、発明該当性の拒絶理由の解消方法の理解に役立つだけでなく、技術的及び非技術的な特徴を含む混在タイプの発明の進歩性の拒絶理由に対して、どのような反論が有効であるかの理解にも役立つことがあります。

審査ガイドラインのG-II, 3は7つの除外事項について説明しており、そのポイントは次の通りです。

■発見
既知の材料や成形品に見出された新しい特性は、その特性が実用的な用途に置かれる場合は、特許になる可能性がある。
自然界に存在するこれまで認識されていなかった物質を発見することも、自然界に存在する当該物質が技術的効果をもたらすことを示すことができれば、特許になる可能性がある。

科学的理論
科学的理論は、「発見」で説明された原則と同じ考えが適用される。

数学的方法
クレームが技術的手段(例えばコンピュータ)の使用を伴う方法又は装置のいずれかに向けられている場合、EPC第52条(2)及び(3)の規定による特許性から除外されない。
数学的方法は、技術分野への応用により、又は特定の技術的実施に適合させることにより、発明の技術的性質に貢献する(すなわち、技術的目的を果たす技術的効果の発生に貢献する)。

美的創造物
美的創造物に技術的側面が存在する場合、それは美的創造物「それ自体」ではなく、特許性から除外されない。
それ自体では技術的な側面を示さないかもしれない特徴も、それが技術的な効果をもたらすのであれば、技術的な特徴を持つ可能性がある(例えば、タイヤのトレッドパターン)。

精神的行為の実施、ゲームのプレイ又はビジネスの実施のためのスキーム、ルール及び方法
クレームされた主題を実施するために少なくとも一つの技術的手段(例えば、コンピュータ)を特定する場合、EPC第52条(2)及び(3)の規定による特許性から除外されない。
技術的手段の使用を伴うステップを含む方法において、その方法をユーザにより精神的に実施されうるステップは、発明の文脈上、技術的な目的を実現する技術的な効果をもたらすことに貢献する場合にのみ、方法の技術的性質に貢献する。
ゲームに関する主題において、進歩性は、ゲームルール自体がいかに独創的であろうと、又は単なる自動化によって、確立することはできない。ゲームの技術的実装の更なる技術的効果、すなわち、ルールに既に内在するものを超える技術的効果に基づくものでなければならない。
ビジネス方法に関する主題において、技術的実装の選択の結果であり、ビジネス方法の一部ではない特徴は、技術的性質に貢献するものであり、進歩性の審査で考慮される。

コンピュータプログラム
コンピュータで実施される方法などの主題は、技術的手段の使用を伴うため、技術的性質を有し、したがってEPC第52条(2)及び(3)の規定による特許性から除外されない。
コンピュータプログラムの更なる技術的効果が既に立証されている場合、立証された技術的効果に影響を与えるアルゴリズムの計算効率は、発明の技術的性質、ひいては進歩性に貢献する。

情報の提示
情報を提示するための技術的手段(例えば、コンピュータ・ディスプレイ)を対象とする又はその使用を指定するクレームは、全体として技術的性質を有し、したがって、EPC第52条(2)及び(3)の規定による特許性から除外されない。
情報の提示を定義する特徴により技術的効果が生じるのは、継続的な及び/又は誘導された人間と機械の相互作用プロセスによって、ユーザが技術的タスクを実行するのを信頼できる形で支援する場合である。

以下は、発明からの除外事項に関する審査ガイドラインのG-II, 3の記載の概要です。

審査ガイドラインG-II, 3:除外事項の一覧の概要

1.発見

既知の材料や成形品に新しい特性を見出したとしても、それは単なる発見であり、発見そのものには技術的な効果がないため、EPC第52条(1)にいう発明にはならない。しかし、その特性が実用的な用途に置かれる場合は、発明になり、特許になる可能性がある。例えば、ある既知の材料が機械的衝撃に耐えることができるという発見は特許にならないが、その材料から作られた鉄道枕木は特許になる可能性が十分にある。

自然界に存在するこれまで認識されていなかった物質を発見することも、単なる発見であり、特許性はない。しかし、自然界に存在する物質が技術的効果をもたらすことが証明されれば、特許になる可能性がある。例えば、自然界に存在する物質が抗生物質としての効果を持つことが判明した場合などである。また、自然界に存在し、抗生物質を生産する微生物が発見された場合、その微生物自体も発明の一態様として特許性を有する可能性がある。同様に、自然界に存在することが判明した遺伝子についても、あるポリペプチドの製造や遺伝子治療への利用など、技術的な効果が明らかになれば、特許の対象になる可能性がある。

2.科学的理論

科学的理論は、発見のより一般化された形態であり、「発見」で説明されたのと同じ原則が適用される。例えば、半導体の物理的な理論は特許の対象とはならない。しかし、新しい半導体デバイスやその製造方法は特許の対象になる可能性がある。

3.数学的方法

数学的手法は、あらゆる技術分野における技術的課題の解決に重要な役割を果たす。しかし、それらは、それ自体としてクレームされた場合、EPC第52条(2)(a)により特許性から除外される。

この除外は、クレームが純粋に抽象的な数学的方法に向けられ、クレームがいかなる技術的手段も必要としていない場合に適用される。例えば、抽象的なデータに対して高速フーリエ変換を行う方法であって、いかなる技術的手段の使用も特定しないものは、そのような数学的方法となる。純粋に抽象的な数学的対象や概念(例えば、特定のタイプの幾何学的対象やノードとエッジを有するグラフ)は、方法ではないが、技術的性質を欠いているため、EPC第52条(1)の意味における発明ではない。

クレームが技術的手段(例えばコンピュータ)の使用を伴う方法又は装置のいずれかに向けられている場合、その主題は全体として技術的性質を有し、したがって、EPC第52条(2)及び(3)の規定による特許性から除外されることはない。

EPC第52条(1)の意味における発明であることが確認されると、新規性及び進歩性などの他の要件が審査される。

進歩性の評価では、発明の技術的特徴に貢献するすべての特徴が考慮される。

数学的方法は、技術分野への応用により及び/又は特定の技術的実施に適合させることにより、発明の技術的性質に貢献する(すなわち、技術的目的を果たす技術的効果の発生に貢献する)ことができる。

4.美的創造物

美的創造物に関する主題は、通常、技術的側面(例えばキャンバスや布などの「基材」)と、その評価が本質的に主観的である美的側面(例えばキャンバス上の画像の形態や布上の模様など)の両方を有しているであろう。このような美的創造物に技術的側面が存在する場合、美的創造物「それ自体」にならず、特許性から除外されない。

それ自体では技術的な側面を示さないかもしれない特徴も、それが技術的な効果をもたらすのであれば、技術的な特徴を持つかもしれない。例えば、タイヤのトレッドパターンは、水の流れを良くする場合、タイヤの更なる技術的特徴になり得る。

美的効果そのものは、製品クレームでもプロセスクレームでも特許にならない。

例えば、書籍の情報内容の美的・芸術的効果、レイアウトや文字フォントにのみ関連する特徴は、技術的特徴として考慮されない。

技術的プロセスは、たとえそれが美的創造物(カットされたダイヤモンドなど)を生み出すために使用されるとしても、特許性から除外されることのない技術的プロセスである。

5.精神的行為の実施、ゲームのプレイ又はビジネスの実施のためのスキーム、ルール及び方法

5.1 精神的行為を行うためのスキーム、ルール、及び方法

EPC第52条(2)(c)に基づく精神的行為を行うためのスキーム、ルール及び方法の特許性からの除外は、例えば言語を習得する方法など、認知的、概念的又は知的なプロセスをどのように行うかについての人間の心への指示に関するものである。この除外は、そのようなスキーム、ルール及び方法それ自体がクレームされる場合にのみ適用される(EPC第52条(3))。

方法クレームが全ての方法ステップの純粋な精神的実現を包含するものである場合、精神的行為を行うための方法それ自体(EPC第52条(2)(c)及び(3))の範疇に入る。

クレームされた方法は、そのステップの少なくとも1つを実行するために技術的手段(例えば、コンピュータ、測定装置など)の使用を必要とする場合、又は結果物である製品として物理的実体を提供する場合(例えば、製品を設計するステップ及び設計された製品を製造するステップを含む製品の製造方法である場合)、精神行為を行うための方法それ自体とはいえない。

クレームされた方法が全体としてEPC第52(2)及び(3)に基づき特許性から除外されないことが立証されると、特許性の他の要件、特に新規性及び進歩性に関して審査される。

精神的行為を行う方法それ自体を定義するクレームが、その方法がコンピュータによって実行されることを特定することによって限定される場合、コンピュータの使用だけでなく、コンピュータによって実行されるステップ自体も、技術的効果に貢献する場合には、技術的貢献をすることができる。

技術的手段の使用を伴うステップを含む方法は、その方法をユーザにより精神的に実施されうるステップを特定することがある。これらの精神的なステップは、発明の文脈上、技術的な目的を実現する技術的な効果をもたらすことに貢献する場合にのみ、方法の技術的性質に貢献する。

5.2 ゲームをプレイするためのスキーム、ルール、及び方法

EPC第52条(2)(c)及び(3)の規定により、ゲームをプレイするためのスキーム、ルール及び方法は、それ自体がクレームされる場合、特許性から除外される。この除外は、カードゲームやボードゲームのような伝統的なゲームのルールにも、ギャンブルマシンやビデオゲームのような現代のゲームプレイの形態の基礎となるゲームルールにも適用される。

ゲームルールは、プレイヤーの行動、及びプレイヤーの決定や行動に応じてゲームがどのように展開するかを規定する、規約及び条件の概念的な枠組みを定義する。それは、ゲームの設定、ゲームプレイの展開に伴って生じる選択肢、ゲームの進行を定義する目標を含む。通常、ゲームルールは、ゲームをプレイするための明確な目的を提示するルールとしてプレイヤーに認識(あるいは同意)される。したがって、ゲームルールは抽象的で純粋に精神的な性質のものであり、ゲームの文脈でのみ意味を持つものである(T 336/07)。例えば、ランダムに引いた2つの数字が一致しないと勝てないという条件は、ゲームルールである。

クレームされた主題がゲームルールを実施するための技術的手段を特定するものである場合、それは技術的性質を有する。例えば、乱数の一致という前述の条件を実装する場合、擬似乱数列を計算するコンピュータや、立方体のサイコロや均一に区分されたリールのような機械的手段の使用は、EPC第52条(2)(c)及び(3)に基づく拒絶理由を解消するのに十分である。

ゲームルールと技術的特徴の混合からなるクレームの進歩性は、G‑VII, 5.4に規定される混合タイプの発明の課題解決アプローチに従って検討される。原則として、進歩性は、ゲームルール自体がいかに独創的であろうと、又は単なる自動化によって、確立することはできない。むしろ、ゲームの技術的実装の更なる技術的効果、すなわち、ルールに既に内在するものを超える技術的効果に基づくものでなければならない。

実装の進歩性は、ゲームデザイナーが設定したゲームルールの実装を担当する当業者、典型的にはエンジニアやゲームプログラマーの視点から評価されるものである。非技術的なゲーム要素(ゲームメダルの数を監視する「勝利計算手段」)を表面上だけ技術的な用語を用いて言い換えたり、抽象化したり(「ゲームメダル」ではなく「オブジェクト」)するような単なるクレーム作成の作業は、進歩性には影響しない。

ゲームルールは、アミューズメント、サスペンス、サプライズなどの心理的効果によって、プレイヤーを楽しませ、興味を持たせるように設計されていることが多い。このような効果は技術的効果には該当しない。

ルールとは別に、ゲーム世界の状態は、特にビデオゲームにおいて、物理的原理や擬似的な物理的挙動をモデル化した数値データや方程式に従って展開することもある。このようなゲーム状態の変化を系統的に計算することは、これらのモデルに基づく、コンピュータで実装されたシミュレーションに相当する(G 1/19)。この文脈における進歩性の評価のために、モデルは、コンピュータ上での対応する実装のための所定の制約を定義するものと理解される(G‑VII, 5.4)。仮想ゲーム世界内に存在する効果や、そうでなければ既にモデルに内在する効果とは対照的に、シミュレーションの特定の実装は、コンピュータシステムの内部機能に適合していれば、技術的効果をもたらす。

5.3 ビジネスを行うためのスキーム、ルール、及び方法

金融、商業、管理又は組織的な性質を有する主題又は活動は、ビジネスを行うためのスキーム、ルール、及び方法の範疇に含まれ、それ自体は、EPC第52条(2)(c)及び(3)に基づき特許性から除外される。以降の説明では、このような主題又は活動は、「ビジネス方法」という用語に包含される。

クレームされた主題が、ビジネス方法の少なくともいくつかのステップを実行するためのコンピュータ、コンピュータネットワーク又は他のプログラム可能な装置のような技術的手段を特定する場合、除外される主題それ自体に限定されず、したがって、EPC第52条(2)(c)及び(3)に基づいて特許性から除外されない。

しかし、技術的手段を使用する単なる可能性は、たとえ明細書が技術的な実施形態を開示していたとしても、除外を回避するのに十分ではない(T 388/04T 306/04T 619/02)。システム」や「手段」のような用語は注意深く見なければならない。なぜなら、文脈からこれらの用語が技術的実体のみを指すと推論することができない場合、例えば「システム」は金融組織を、「手段」は組織単位を指すかもしれないためである(T 154/04)。

クレームされた主題が全体としてEPC第52条(2)(c)及び(3)に基づき特許性から除外されないことが立証されると、新規性及び進歩性に関して審査される(G‑I, 1)。進歩性の審査では、どのような特徴が発明の技術的性質に貢献しているかを評価する必要がある(G‑VII, 5.4)。

クレームがビジネスメソッドの技術的実装を特定する場合、クレームの技術的性質に貢献する特徴は、ほとんどの場合、特定の技術的実装を特定するものに限定される。

技術的実装の選択の結果であり、ビジネス方法の一部ではない特徴は、技術的性質に貢献するものであり、従って、正当に考慮されなければならない。

ビジネス方法の技術的実施に係るクレームの場合、本質的に技術的な方法で問題に対処するのではなく、技術的な問題を回避することを目的とした基礎となるビジネス方法の修正は、先行技術に対する技術的貢献をもたらすとはみなされない。ビジネス手法の自動化の文脈では、ビジネス手法に内在する効果は技術的効果として認められない(G‑VII, 5.4.1)。

ビジネスメソッドの結果は、有用、実用的、又は販売可能であっても、それは技術的効果として適格ではない。

ビジネスメソッドの特徴を含む主題の進歩性を評価するために課題解決アプローチを適用するさらなる例については、G‑VII, 5.4.2.15.4.2.3を参照。

6.コンピュータプログラム

コンピュータプログラムは、それ自体としてクレームされる場合、EPC第52条(2)(c)及び(3)に基づき特許性から除外される。しかし、EPC第52条(2)(c)及び(3)に対する一般的適用基準に従って、この除外は技術的性質を有するコンピュータプログラムには適用されない。

技術的性質を有し、したがって特許性から除外されないためには、コンピュータプログラムは、コンピュータ上で実行されたときに「さらなる技術的効果」を生じさせなければならない。「さらなる技術的効果」とは、プログラム(ソフトウェア)とそれが実行されるコンピュータ(ハードウェア)との間の「通常の」物理的相互作用を超える技術的効果である。プログラムの実行による通常の物理的効果、例えばコンピュータ内の電流の循環は、それ自体でコンピュータプログラムに技術的性質を付与するのに十分ではない(T 1173/97及びG 3/08)。

コンピュータプログラムに技術的性質を付与する更なる技術的効果の例としては、技術的プロセスの制御、又はコンピュータ自体又はそのインタフェースの内部機能の制御(G‑II, 3.6.1参照)がある。

さらなる技術的効果の有無は、先行技術を参照することなく評価される。

コンピュータプログラムの更なる技術的効果が既に立証されている場合、立証された技術的効果に影響を与えるアルゴリズムの計算効率は、発明の技術的性質、ひいては進歩性に貢献する(例えば、アルゴリズムの設計がコンピュータの内部機能に関する技術的考察によって動機付けられる場合など、G‑II, 3.3も参照)。

技術的性質を有さないコンピュータプログラムに関するクレームであれば、EPC第52条(2)(c)及び(3)に基づき拒絶される。技術的性質を有することについてテストに合格した場合、審査官は次に新規性及び進歩性の問題に進む(G‑VI 及び G‑VII, 特にG‑VII, 5.4参照)。

コンピュータ実装発明(Computer-implemented inventions)

「コンピュータ実装発明」とは、コンピュータ、コンピュータネットワーク、又は少なくとも一つの特徴がコンピュータプログラムによって実現される他のプログラム可能な装置を含むクレームを対象とすることを意図した表現である。コンピュータ実装発明に関するクレームは、F‑IV, 3.9に記載された形式をとることができる。

技術的手段(例えばコンピュータ)の使用を伴う方法及び技術的手段自体(例えばコンピュータ又はコンピュータ読み取り可能な記憶媒体)は技術的性質を有し、したがってEPC第52条(2)及び(3)の意味での発明を表すため、コンピュータで実施される方法、コンピュータで読み取り可能な記憶媒体又は装置に向けられたクレームは、EPC第52条(2)及び(3)に基づき異議を申し立てることはできない。

6.1 更なる技術的効果の例

ある方法が単にコンピュータで実装されているという事実を超えた技術的性質を持つ場合、その方法を特定した対応するコンピュータプログラムは、コンピュータ上で実行されたときにさらなる技術的効果をもたらす。例えば、自動車のアンチロック・ブレーキ・システムの制御方法、X線装置によるエミッションの判定方法、ビデオの圧縮方法、歪んだデジタル画像の復元方法、又は電子通信の暗号化方法を規定したコンピュータプログラムは、コンピュータ上で実行されることにより、さらなる技術的効果をもたらす(G‑II, 3.3 参照)。

さらに、コンピュータプログラムが、コンピュータの特定のアーキテクチャに適合されるなど、実行されるコンピュータの内部機能に関する特定の技術的考慮に基づいて設計されている場合には、さらなる技術的効果をもたらすと考えることができる。例えば、ブートの完全性を保護するためのセキュリティ対策、又は電力解析攻撃への対策を実行するコンピュータプログラムは、コンピュータの内部機能の技術的理解に依存しているため、技術的性質を有する。

同様に、プロセッサの負荷分散又はメモリの割り当てなど、コンピュータの内部機能又は動作を制御するコンピュータプログラムは、通常、さらなる技術的効果をもたらす(ただし、制御が非技術的なスキームに基づく場合の例については、G‑VII, 5.4.2.3参照)。

ビルダー又はコンパイラのような低レベルでコードを処理するプログラムは、技術的性格を持つことが多いかもしれない。例えば、開発オブジェクトからランタイムオブジェクトを構築する場合、変更された開発オブジェクトから生じるランタイムオブジェクトのみを再生成することは、特定の構築に必要な資源を制限するというさらなる技術的効果を生み出すことに貢献する。

7.情報の提示

EPC第52条(2)(d)にいう情報の提示とは、ユーザーに情報を伝えることであると理解される。これは、提示された情報の認知的内容及びその提示方法の両方に関係する(T 1143/06, T 1741/08)。視覚情報に限らず、音声又は触覚情報など、他の提示様式も含まれる。ただし、そのような情報の提示を生成するために使用される技術的手段は含まれない。

さらに、ユーザへの情報の伝達は、その情報を処理、保存又は伝送する技術的システムに関する情報の技術的表現とは区別される。データ符号化方式、データ構造、電子通信プロトコルの特徴であって、認知データとは対照的に機能データを表現するものは、EPC第52条(2)(d)の意味における情報の提示とはみなされない(T 1194/97)。

EPC第52条(2)及び(3)に基づく特許性の排除を評価する場合、クレームされた主題は全体として考慮されなければならない(G‑II, 2)。特に、情報を提示するための技術的手段(例えば、コンピュータ・ディスプレイ)を対象とする又はその使用を指定するクレームは、全体として技術的性質を有し、したがって、特許性から除外されない。別の例として、製品(例えば漂白組成物)と、製品の使用説明又は得られた結果を評価するための参考情報などの更なる特徴とを有するキットに向けられたクレームであって、前記更なる特徴が製品に技術的な影響を及ぼさないクレームは、物質組成物を有する製品という技術的特徴があるため、除外されない。

クレームされた主題が全体としてEPC第52条(2)及び(3)に基づき特許性から除外されないことが立証されれば、特許性の他の要件、特に新規性及び進歩性に関して審査される(G‑I, 1)。

進歩性の審査では、情報の提示に関する特徴が、発明の文脈上、技術的目的に資する技術的効果の発生に貢献しているかどうかを判断するために分析される。もし貢献しない場合、技術的な貢献はなく、進歩性の存在を裏付けることはできない(G‑VII, 5.4)。技術的効果が生じるかどうかを判断するために、審査官は、発明の文脈、ユーザが行うタスク、及び特定の情報の提示が果たす実際の目的を評価する。

情報の提示を定義する特徴により技術的効果が生じるのは、継続的な及び/又は誘導された人間と機械の相互作用プロセスによって、ユーザが技術的タスクを実行するのを信頼できる形で支援する場合である(T 336/14及びT 1802/13)。このような技術的効果は、技術的タスクの実行におけるユーザへの支援が、客観的に、信頼性高く、かつ因果的にその特徴と関連している場合に、信頼性高く達成されるとみなされる。主張される効果がユーザーの主観的な興味や嗜好に依存する場合、この限りではない。例えば、データを数値で表示した方が理解しやすいユーザーもいれば、色分けされた表示を好むユーザーもいる。したがって、データの表示方法の一方又は他方の選択は、技術的効果を有するとはみなされない(T 1567/05)。

情報の提示に関する特徴は、一般的に次のものを特定しうると考えられる:

(i) 提示された情報の認知的内容、すなわち「何」が提示されたかを定義すること、又は
(ii) 情報の提示方法、すなわち情報が「どのように」提示されるかを定義すること。

(1) 何(どの情報)が提示されるか?

ユーザーに提示された情報の認知内容が、技術システムで生じている内部状態に関連し、ユーザーがこの技術システムを適切に操作することを可能にする場合、それは技術的効果を有する。技術システムで生じている内部状態とは、システムの内部機能に関連し、動的に変化する可能性があり、自動的に検出される動作モード、技術的条件、又は事象である。その提示は、通常、例えば技術的な誤動作を避けるために、ユーザにシステムとの対話を促すものである(T 528/07)。

カジノゲームの状態、ビジネスプロセス、抽象的なシミュレーションモデルなどの非技術的な情報は、専ら主観的な評価や非技術的な意思決定を行うユーザを対象としたものである。それは技術的なタスクとは直接結びついていない。したがって、このような情報は、技術的なシステムで生じている内部状態として適格ではない。

(2) 情報がどのように提示されるのか?

このカテゴリの特徴は、典型的には、情報がユーザーに伝達される形態、配置、又はタイミングを指定する(例えば、画面上)。例えば、情報を伝達するためだけにデザインされた図などである。例えば、音声信号又は画像の生成方法に関する特定の技術的特徴は、情報が提示される方法とはみなされない。

特定の図又はレイアウトにおける情報の視覚化を定義する特徴は、たとえその図又はレイアウトが、見る人が直感的に特に魅力的、明晰、又は論理的とみなすような方法で情報を伝えているとしても、通常、技術的に貢献するとはみなされない。

一方、プレゼンテーションの方法が、継続的な及び/又は誘導された人間と機械の相互作用プロセスによって、ユーザーが技術的なタスクを実行することを信頼できる形で支援する場合、それは技術的効果をもたらす(T 1143/06T 1741/08T 1802/13)。例えば、低解像度で複数の画像を並べて表示し、高解像度の画像の選択と表示を可能にすることは、保存された画像を対話的に検索して取り出すという技術的なタスクをより効率的に実行できるようにする技術的ツールの形でユーザに情報を伝達するものである。異なる解像度でデジタル画像を保存することで、複数の画像を同時に概観表示することができるという技術的効果が生まれる(T 643/00)。

人間の生理に依存する効果

ある情報提示の方法が、心理的又はその他の主観的要因によらず、人間の生理学に基づき正確に定義できる物理的パラメータに依存する効果をユーザーの心にもたらす場合、その効果は技術的効果として認定されうる。そして、情報の提示の方法は、この技術的効果に貢献する範囲において、技術的に貢献する。例えば、ユーザーの現在の視覚的な注意の焦点に近い複数のコンピュータ画面の1つに通知を表示することは、(例えば、画面の1つに任意に配置することと比較して)すぐに見られることが多かれ少なかれ保証されるという技術的効果を有する。一方、緊急の通知のみを表示するという判断は(例えば、すべての通知を表示することと比較して)、心理的な要因にのみ基づくため、技術的な貢献はない。

7.1 ユーザーインターフェイス

ユーザーインターフェース、特にグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)は、人間とコンピュータの相互作用の一部として、情報を提示し、それに対する入力を受け付ける特徴を有する。入力は機械の所定のプロトコルに適合する必要があるのに対し、出力はユーザーの主観的な好みに大きく左右される可能性があるため、ユーザー入力を定義する特徴は、データの出力及び表示のみに関するものよりも技術的性質を持つ可能性が高い。美的考慮、ユーザーの主観的な好み、又は管理規則によって決定されるメニューのグラフィックデザインに関する特徴(ルックアンドフィールなど)は、メニューベースのユーザーインターフェースの技術的性質に貢献しない。データの出力に関する特徴の評価については、G‑II, 3.6.3 で扱う。本節では、ユーザーがどのように入力を行うかに関する特徴の評価に焦点を当てる。

テキスト入力、選択、又はコマンド送信など、ユーザーによる入力を可能にするメカニズムを特定する特徴は、通常、技術的な貢献とみなされる。例えば、文書アイコンをドラッグしてプリンタアイコンに往復移動させることで、印刷処理を開始し、印刷部数を設定したりするなど、ユーザーが異なる処理条件を直接設定できる代替のグラフィカルショートカットをGUIに設けることは、技術的貢献となる。一方、タスクの間ユーザーの精神的な意思決定プロセスのみを促進する情報を提供することによりユーザの入力を支援すること(例えば、ユーザーが何を入力するかを決定することを支援すること)は、技術的貢献とはみなされない(T 1741/08)。

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