はじめに
EPC56条は、進歩性に関して次のように規定しています。
発明は、それが技術水準を考慮した上で当該技術の熟練者にとって自明でない場合は、進歩性を有するものと認める。第 54 条(3)にいう書類が技術水準に含まれる場合は、そのような書類は、進歩性の有無を判断する際には、考慮されない。
進歩性の有無の判断は、課題解決アプローチ(Problem-solution approach)と呼ばれる手法により行われます。
先願の公開前に出願している場合における当該先願の内容は、進歩性の有無の判断で考慮される「技術水準」に含まれません(新規性の判断では、考慮される「技術水準」に含まれます)。このような運用は日本と同様です。
また、進歩性の判断において、クレームされた特徴が技術的特徴と、非技術的特徴とに分類され、非技術的特徴は原則として、進歩性の存在を裏付けることはできません。
以下は、進歩性の審査に関して、審査ガイドラインのG-VIIに記載されている内容の概要です。
技術水準、出願日
進歩性を検討する場合の「技術水準」は、EPC第54条(2)に「欧州特許出願の出願日前に、書面若しくは口頭、使用又はその他のあらゆる方法によって公衆に利用可能になったすべてのものは技術水準を構成する。」と定義されている。
進歩性を検討する場合の「技術水準」は、EPC第54条(3)に定める「その出願の出願日が(2)にいう日の前であり、かつ、その日以後に公開された欧州特許出願」(つまり、先願の公開前に出願している場合における当該先願)を含まない。
EPC第54条(2)の「出願日」とは、G‑IV, 3で説明されているように、(該当する場合は)優先日をいう。
当該技術の熟練者
「当該技術の熟練者」は、次のように想定される。
- 平均的な知識及び能力を有し、かつ、基準日に当該技術において共通の一般的知識が何であるかを承知している関係技術分野の通常の実務家
- 「技術水準」にあるもの全て、特に、調査報告書に引用された文献を入手可能であり、日常的業務及び実験のための、普通の手段及び能力を駆使することができる状態にあった
- 周辺技術分野及び一般技術分野又は遠隔技術分野においても、促された場合は、提案を模索する
共通の一般知識は、さまざまな情報源から得られる可能性があり、特定の日付の特定の文書の公開に必ずしも依存していない。あるものが共通の一般知識であるという主張は、これに対する反論がある場合にのみ、文書による証拠によって裏付けられる必要がある(G‑IV, 2参照)。
自明性
発明を定義するクレームとの関係で考慮すべき問題は、当該クレームの有効な出願日又は優先日前に、当時知られていた技術に照らして、当該クレームの内容に該当するものを得ることが当該技術の熟練者にとって自明であったかどうかである。もし自明であれば、そのクレームは進歩性の欠如を理由に許可されない。「自明」という用語は、技術の通常の進歩を超えず、単に先行技術から明白に又は論理的に導かれるもの、すなわち、当業者に期待される以上の技術又は能力の行使を伴わないものを意味する。
課題解決アプローチ(Problem-solution approach)
進歩性の有無の判断は、課題解決アプローチ(Problem-solution approach)と呼ばれる手法により行われ、具体的には、大きく次の3つのステップを含む。
- 「最も近接する先行技術」を決定する
- クレームに係る発明と、最も近接する先行技術との間の差異に基づいて、解決される「客観的な技術的課題」を確立する
- 最も近接する先行技術及び客観的な技術的課題から着手して、クレームに係る発明が当該技術の熟練者に自明であったか否かを検討する
コンピュータ利用発明(computer-implemented invention)によく見られるように、クレーム中に技術的特徴と非技術的特徴が混在することは適法である。しかし、EPC第52条(1)、(2)及び(3)に照らして、EPC第56条の進歩性の存在は、自明でない技術的解決策を必要とする。
このような混合型発明の進歩性を評価する際には、発明の技術的特徴に寄与するすべての特徴が考慮される。しかし、発明の技術的特徴に寄与しない特徴は、進歩性の存在を裏付けることはできない(「COMVIKアプローチ」、 T 641/00、 G 1/19) 。
先行技術文献の組み合わせ
課題解決アプローチでは、1つ以上の先行技術の開示を最も近い先行技術と組み合わせることが認められる許容される。しかし、特徴の組合せに到達するために、複数の開示を最も近い先行技術と組み合わせる必要があるという事実は、例えば、クレームされた発明が特徴の単なる集合体でない場合、進歩性の存在を示す可能性がある(G‑VII, 7参照)。
一方、発明が複数の独立した「部分的問題」に対する解決策である場合、状況は異なる(G‑VII, 7 及び 5.2参照)。この場合、部分的問題を解決する特徴の組合せが先行技術から導出可能であるかどうかを、部分的問題ごとに個別に評価し、各部分的問題に対して、最も近い先行技術に異なる文書を組み合わせることができる。
2つ以上の異なる開示を組み合わせることが自明であるかどうかを判断する際に、審査官は、特に以下の点に留意する。
- 開示(例えば、文献)の内容は、当該技術の熟練者が発明によって解決される課題に直面したときに、それを組み合わせたであろうものであるか否か。 例えば、2つの開示が全体として考慮されたときに、発明に不可欠である特徴において本質的に非互換性であることにより、実質的に容易に組み合わせができない場合、当該2つの開示の組み合わせは通常、自明とはみなされない。
- その開示(例えば、文献)が、類似の、近接する、又は遠隔の技術分野のものであるか( G‑VII, 3参照)。
- 同一文献の2以上の部分を組み合わせることは、当該技術の熟練者がその部分を相互に関連付けることに合理的な根拠がある場合、自明である。通常、周知の教本又は標準辞典を他の先行技術文献と組み合わせることは、自明である。一般的に、文献の一方が明瞭で間違いなく他方の文献を引用している場合にも、その2つの文献の組み合わせは自明といえる。
組み合わせ vs. 併置又は寄せ集め
クレームされた発明は通常、全体として考慮されなかればならない。クレームが特徴の組み合わせで構成される場合に、当該特徴のそれぞれが公知又は自明であり、「したがって」クレームされた主題は公知又は自明である、という議論は正しくない。しかし、クレームが特徴の単なる寄せ集め又は併置であり、真の組み合わせではない場合、特徴の寄せ集めに進歩性が含まれていないことを立証するためには、それらの特徴のそれぞれが自明であることを示すことで十分である(G‑VII, 5.2の最終段落参照)。単なる特徴の寄せ集め又は併置ではなく、特徴の組み合わせとなるためには、個々の特徴の相互作用が相乗効果を生じさせなければならない。
「事後の」分析
一見自明に見える発明でも、実際には進歩性がある場合がある。新しいアイデアが一旦形成されると、多くの場合、既知のものから出発して、一見簡単な一連のステップにより、それがどのように到達するかを理論的に示すことができる。審査官は、この種の事後的な分析に注意する必要がある。
例えば、ある発明が新規かつ意外であり、単に「一方通行」の状況におけるボーナス効果(技術の状況を考慮したときに、例えば代替策がないことによりクレームの文言に該当するものに到達することがすでに明らかである場合の予想外の効果)として達成されるのではない(G‑VII, 10.2 参照)技術的利点を提供し、この技術的利点を、その発明を定義するクレームに含まれる一つ以上の特徴に説得力を持って関連付けることができる場合、審査官は、当該クレームは進歩性を欠いていると判断するのを躊躇しなければならない。
二次的指標
予測可能な不利、非機能的な変更、恣意的な選択
発明が、最も近接する先行技術に対する、当業者が明確に予測し、正しく評価することができた予測可能な不利な修正の結果であり、この予測可能な不利が予想外の技術的利点を伴わない場合、クレームされた発明には進歩性がない。同様の考慮は、発明が単に先行技術の装置の恣意的な非機能的変更の結果である場合、又は多数の可能な解決策からの単なる恣意的な選択の結果である場合に適用される。
予想外の効果、ボーナス効果
予想外の効果は、進歩性を示唆するものとなる場合があるが、それは、クレームされた主題から導かれるものである必要がある。
しかし、技術水準を考慮すれば、例えば代替手段の欠如に起因して「一方通行」の状況を作り出すことにより、当業者にとってクレームの文言に該当するものに到達することが既に明らかであった場合には、予想外の効果は、クレームされた主題に進歩性を付与しない単なるボーナス効果にすぎない。当業者が様々な可能性から選択をしなければならない場合、一方通行の状況は存在せず、予想外の効果が進歩性の認定につながる可能性が非常に高い。
長年にわたるニーズ、商業的成功
発明が、その技術分野において長年にわたる技術的課題を解決するもの、又は長年にわたるニーズを満たすものである場合、このことは、進歩性を示唆するものとなる場合がある。
商業的成功は、単独では進歩性を示唆するものとはならない。しかし、長年にわたる要求の証拠と組み合わせたときに商業的成功の証拠は、審査官がその成功が他の影響(例えば、販売技術や広告)ではなく、発明の技術的特徴に由来することを納得した場合に、進歩性の示唆と関連性があるものとなる。
出願人により提出される意見及び証拠
進歩性を評価するために審査官が考慮すべき関連する意見又は証拠は、当初の特許出願から取得されてもよいし、その後の手続で出願人により提出されてもよい(G‑VII, 5.2 及び H‑V, 2.2 及び 2.4 参照)。
しかし、進歩性の裏付けとなる新たな効果が言及される場合には、そのような新しい効果は、出願当初に提示された技術的課題によって示唆されるか、又は当該技術的課題に少なくともそれに関連している場合にのみ考慮される(G‑VII, 5.2, T 386/89 及び T 184/82も参照)。
そのような新規な効果の例:
出願時の発明は、特定の活性を有する医薬組成物に関するものである。一見したところ、関連する先行技術を考慮すると、当該発明は進歩性が欠如しているように見える。その後、出願人は、クレームされた組成物が低毒性という点で予想外の利点を示す新たな証拠を提出した。この場合、薬理活性と毒性は、当業者が常に一緒に考えるという意味で関連しているので、毒性という側面を含めることによって、技術的課題を再定式化することが可能である。
技術的課題の再定式化は、明細書中の技術的課題の記載の補正を生じさせる場合もあれば、生じさせない場合もある。そのような補正は、H‑V, 2.4に記載された条件を満たす場合にのみ認められる。上記の医薬組成物の例では、再定式化された問題や毒性に関する情報は、EPC第123条(2)に抵触することなく明細書に導入することができない。
選択発明
選択発明において、当該選択(選択された部分集合又は部分範囲)が特定の技術的効果に結びつき、かつ、当業者が当該選択に至るヒントが存在しない場合、進歩性が認められる。選択された範囲内で生じる当該技術的効果は、より広い公知の範囲で達成されるのと同じ効果であるが、予想外である程度の効果であることがある。進歩性については、当業者が何らかの改良又は利点を期待して重複する範囲を選択したか否かを考慮しなければならない。もし答えが否定的であれば、クレームされた主題には進歩性がある。
予想外の技術的効果は、クレームされた範囲の一部のみに生じるのではなく、クレームされた範囲全体に適用されなければならない。
バイオテクノロジー分野における進歩性評価
バイオテクノロジー分野では、結果が明らかに予測可能である場合だけでなく、成功の合理的な期待がある場合にも自明性が手の届くところにあるとみなされる。ある解決手段を自明とするには、当業者が成功の合理的期待をもって先行技術の教示に従ったであろうことを立証すれば十分である。同様に、最も近い先行技術に照らして、単に「試して見る」という態度は、必ずしもその解決手段に進歩性を与えるものではない。
抗体の進歩性の評価については、G-II, 5.6.2参照。
従属クレーム、異なるカテゴリーのクレーム
独立クレームの主題が新規かつ非自明である場合、従属クレームの主題が独立クレームよりも遅い有効日を有し、中間文書を考慮する場合を除き、当該独立クレームに従属するクレームの主題の新規性及び非自明性を調査する必要はない。
同様に、製品に対するクレームの主題が新規かつ非自明である場合、当該製品の製造を必然的にもたらすプロセスのクレームや、当該製品の用途に関するクレームの主題の新規性及び非自明性を調査する必要はない。